豊富な加賀の食材で
料理の腕を磨いた魯山人

 美食家で芸術家の北大路魯山人は、美味しいものに人一倍貪欲で、こだわりも強かった。なかでも有名なのが「魯山人すき焼き」。肉と野菜をいっしょに煮込まず、酒とごく少量のみりん、醤油で味付けした割り下で先に肉を食べてから、その肉汁で野菜をそれぞれ食べるというもの。ネギは立てて置き、ゆっくり火を通しながらネギの中心からぶくぶくと割り下が沸き立つのを楽しむのだとか。さらに肉は生卵ではなく、大根おろしと一緒に食べるのが魯山人流。肉は火が通りすぎることなく、片面に桃色が残る頃合いに食べるなど細かい決まりがある。“すき焼き”というには、一般的なそれとイメージがかけ離れている。馴染みがない食べ方とあって、魯山人ゆかりの宿『あらや滔々庵』(山代温泉)でも通常のメニューに組み込めないとおかみが苦笑いするほど。レシピは残るが、その味を楽しむには手間がかかりすぎるそうだ。

 まだ無名時代、石川県加賀市の山代温泉に滞在中の魯山人は、自ら近江町市場で食材を買い込み、京で学んだ料理を作って振舞っていたという。漢学者・細野燕台の家の食客として訪れた山代温泉だが、たびたび魯山人が料理を手伝い、逆にテキパキと指示を出していたようだ。その家のおかみさんや女中は、とても助かり感謝していたというエピソードが残っている。白山連峰と日本海に囲まれた豊かな加賀の食材は、魯山人の舌を唸らせ、飽くなき好奇心から料理の腕前も各段に上げたのだろう。

 

 そんなこともあって、加賀の食材である新鮮なカニや牡蠣、鴨などをこよなく愛したそうだ。また、「加賀沢庵」という小ぶりの大根で作られる沢庵を出汁や醤油などで煮付けた「沢庵のぜいたく煮」、ナマコの卵巣を塩漬にして干した「クチコ」など、地元の珍味も好きだったとか。
 そんな魯山人が好んで食べたのが、ほうれん草。鍋にもよく使い、山代温泉に滞在中は鴨肉とも合わせていた。鴨鍋のときは「わさび」をつけて食べるのも魯山人のこだわり。これなら、簡単にマネできそうだ。