満洲事変、シナ事変と中国大陸を巡って日米両国が対立し、ついに日米戦争に発展してしまった――。こういった歴史観には致命的な欠陥がある。日米開戦を引き金を引いたのはソ連だ。江崎 道朗氏が著書『日本は誰と戦ったのか』の中でこう説明する。 

■中国大陸を巡って日米両国が対立した、のウソ

 日米間の緊張は一九三〇年代末から四〇年代初期にかけて高まってきていました。一九三一年に満洲事変があり、一九三七年にシナ事変が起き、アメリカのルーズヴェルト民主党政権は中国の蔣介石に味方して日本に経済制裁を加えていきます。

 そして一九四一年夏、アメリカは日本に対して石油禁輸と資産凍結に踏み切りました。日本はアメリカからの石油輸入に頼っており、また、アメリカの金融の力は強力だったので、これらは日本にとって非常に厳しい制裁でした。

 従って、攻撃対象が真珠湾だったのはアメリカにとって意外だったとしても、太平洋のどこかで日米がぶつかること自体は予測できる状況だった――『スターリンの秘密工作員』でエヴァンズらは、このような歴史観を俎上に載せています。

 満洲事変、シナ事変と中国大陸を巡って日米両国が対立し、ついに日米戦争に発展してしまった。

 これは、アメリカの真珠湾にあるアリゾナ記念館の展示とも近い考え方ですし、日本でも、このような描き方が一般的です。

 こうした日米両国に共通する歴史観には、致命的な欠陥があると指摘しているのが、エヴァンズらです。

 その致命的な欠陥とは、中国大陸を巡る日米対立において大きな役割を果たしたもう一つの国、ソ連のことに全く触れていない、ということです。

 日米それぞれの内部に入り込んで、お互いをいがみ合わせ、戦い合うように仕向けたソ連という存在に目を閉ざしたままでは、日米開戦に至る過程の全体像はけっして見えてこない、というのがエヴァンズらの主張なのです。