満洲事変、シナ事変と中国大陸を巡って日米両国が対立し、ついに日米戦争に発展してしまった――。こういった歴史観には致命的な欠陥がある。日米開戦を引き金を引いたのはソ連だ。江崎 道朗氏が著書『日本は誰と戦ったのか』の中で日本を開戦に追い込むための「三つの拠点」に触れる。

■日米を開戦に追い込んだ秘密工作、二つの特徴

レーニン_1920 

 エヴァンズらは、スターリンが日米を開戦に追い込むために、複数の情報機関を使って日本、アメリカ、中国(蔣介石政権)の三方面で同時並行的に三つの大掛かりな工作を行ったと指摘しています。

一、【対日工作】ゾルゲ機関による政治工作。赤軍情報部の工作員リヒャルト・ゾルゲが指揮する組織が、軍略上の日本の国策を「対ソ警戒の北進論」ではなく、「英米と対立する南進論」に誘導した。
二、【対米工作】情報機関NKVD(内務人民委員部の略称。KGBの前身)による「雪」作戦。NKVDの幹部ヴィタリー・パブロフの指示により、アメリカの財務次官補ハリー・デクスター・ホワイトが日米の和解を徹底的に妨害した。
三、【対中・対米工作】ソ連の工作員ラフリン・カリーにより蔣介石の顧問として送り込まれたオーウェン・ラティモアが日米交渉を妨害した。

 エヴァンズらによると、これらの工作には二つの特徴があります。

 一つは国際的な連携です。

 一は東京、二はワシントン、三は中国国民党政府が首都を置いていた重慶が拠点です。日米を開戦に追い込むために、各拠点での作戦が協調して動いていました。

 これまでの冷戦史研究では、ソ連の秘密工作の国際的な側面が軽視されてきたために、敵対的な外国勢力が国内に与える影響力の認識が甘かったのです(ちなみに日本では今なお、マスコミや言論人に対する外国勢力の影響力工作について関心が低いと言わざるを得ません)。

 

 そのため、アメリカにおいてですら、アメリカ国内の工作員と国外の工作員が共通の目的を持ってさまざまに連携して動いていることも十分に見えていませんでした。

政治工作を画策したスターリン(1943)

 もう一つの特徴は、これらの工作が機密を盗むスパイ活動ではなく、日米両国政府の政策を、ソ連に有利になるように影響力を行使する政治工作であったということです。

 ソ連の秘密工作と言うと、機密情報を盗み出す、いわゆるスパイ活動だけに焦点があてられがちです。もちろんそういう活動も行われていましたし、それはそれで深刻ですが、より深刻であり危険なのは政策を歪める政治工作なのです。

 政治工作は、政府、議会に加え、世論に大きな影響力を持つマスメディアなどに工作員を浸透させることによって行なわれます。

 確かに映画『ミッション・インポッシブル』でおなじみの機密情報を巡る攻防も深刻な問題なのですが、政治工作は工作員活動よりもはるかに害が大きく、しかも摘発しにくいのです。

 たとえば、兵器開発についての機密が盗まれるのと、政府が自国の防衛を骨抜きにする政策を進めるよう誘導されるのとではどちらが恐ろしいか、比べるまでもありません。

(『日本は誰と戦ったのか』より構成)