満洲事変、シナ事変と中国大陸を巡って日米両国が対立し、ついに日米戦争に発展してしまった――。こういった歴史観には致命的な欠陥がある。日米開戦を引き金を引いたのはソ連だ。江崎 道朗氏は著書『日本は誰と戦ったのか』 の中で、日米開戦の直接の引き金になったとされる「ハル・ノート」を書いたとされるハリー・デクスター・ホワイトの正体を暴く。

■アメリカのエリートエコノミストが、ソ連の指令で動いていた!

ボリシェヴィキの党員集会

 一九四一年の日米開戦までの間に、ソ連は、日本の軍略上の政策を、「対ソ警戒の北進論」ではなく、「英米との対立を引き起こす南進論」へと誘導するよう政治工作を仕掛けました。実際にその政治工作を担当した首謀者はリヒャルト・ゾルゲというドイツ人の共産党員であり、赤軍情報部の工作員でした。

 ゾルゲ機関の対日工作と並行して、アメリカでは、日米交渉を徹底的に妨害し、かつアメリカ政府内で日本への対日強硬論を煽ることによって、日米を開戦に追い込む作戦が行われていました。

 この対米工作を指令したのはソ連のNKVD(内務人民委員部の略称で、KGBの前身)のアメリカ部門トップのヴィタリー・パブロフです。そしてパブロフの指令を受けて積極工作を実行したのは、アメリカ財務省の次官補、ハリー・デクスター・ホワイトでした。

 アメリカが日本に突きつけて日米開戦の直接の引き金になったとされる「ハル・ノート」の原案をホワイトが書いたことは、今ではかなり広く知られているのですが、実際にはその原案は、ソ連の諜報機関NKVDがホワイトに指示して作成されたものだったのです。

 このことは、ヴィタリー・パブロフ自身によって一九九五年に明らかにされました。ホワイトという名前との連想から「雪」作戦(Operation Snow)と名付けられたこの工作は、最初に諜報と防諜に関するロシアの雑誌に寄稿した記事で(「雪作戦について語る時が来た」、『諜報と謀諜のニュース(Novosti razvedki i kontrrazvedki)』9-10 and 10-11, 1995)、次に書籍で(『「雪」作戦』(Operatziya“ Sneg,”Gaya, 1996)書かれています。

 記事も書籍もロシア語で邦訳がなく、英訳も出ていませんが、パブロフの書籍に基づいて雪作戦を解説している英語の本があります。

 日本語では『ハル・ノートを書いた男』(須藤眞志【すどうしんじ】、文春新書、一九九九年)がありますが、これは新書で入手しやすいので、ここでは、『スターリンの秘密工作員』(前掲)の著者の一人であるハーバート・ロマースタインが別の著者と共著で出している『ヴェノナの秘密(The Venona Secrets)』(Herbert Romerstein and Eric Breindel, Regnery History, 2000)を用いて解説します。

 
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