■田舎に帰ったが、自動車の免許もなく…

連載「母への詫び状」第十六回〉

 実家で生活し始めて大きく変わったことのひとつに、自転車がある。毎日、母の病院への見舞いや、スーパーへの買い出しで、自転車に乗るようになったのだ。

田舎での介護生活での足となったのは「ママチャリ」。ちょうど自転車の交通ルールに対して社会の目が厳しくなっていたときだった。

 ぼくは東京で暮らしていた間、ほぼ自転車に乗ったことがなく、それどころか車の運転免許も所持していない。田舎で車を持っていないと不便きわまりなく、「えー! 免許ないんですか!?」と、異星人を見るような目で驚かれることも度々あったが、ないものはない。介護生活で忙しい中、今さら取りに行くこともできず、ママチャリ自転車の出番となる。

 風を切って、数十年ぶりに川沿いの土手を走っていると、中学・高校時代を思い出す。歌の歌詞でも、映画のシーンでも、自転車は青春期のシンボルとして登場するアオハルなアイテムだ。

 学生時代と違うのは、行き先が学校から病院に変わり、後ろに乗せているのがクラスの女子から、介護用のおむつや洗面器に変わったこと。気分よく歌など口ずさみながらペダルを漕いでいると、口に虫が飛び込んでくるのも田舎の自転車の注意事項だ。あ、女子なんか乗せたことなかったのに、見栄を張ってしまった。

 ただ、ぼくがママチャリに乗るようになった頃というのは、自転車の交通マナーに世間の厳しい目が向くようになった時期と重なった。報道番組などで「ケータイを操作しながらの自転車運転がいかに危険か」とか、「自転車で歩道を走るのはアウトです。道路交通法上、自転車は軽車両だから、車道を走らなくてはいけません」といった特集をよく目にした時期だ。実際その後、道路交通法が改正されるたびに、自転車のルール違反への厳罰化が進んでいった。

 もちろん、交通ルールは守らなくてはならない。スマホのながら運転など、もってのほかだ。しかし、車道の走行禁止に関しては、うーん、どうなんだろう、報道される内容に田舎と都会の実態の違いや温度差がありはしないだろうかと、疑問に思うこともあった。

 たとえばニュースでは、人がたくさん歩いている歩道を自転車が走る映像が流され、キャスターが「危ないですねえ」と言う。東京で暮らしていれば、よく見る光景だ。

 しかし、地方民はその映像に違和感を覚える。「そんなに人がたくさん歩いている歩道なんて、田舎にはないよ!」「あったとしても、もっと歩道が広いよ!」

 狭い歩道を歩く人たちの間を、すり抜けるように自転車が走っていく光景というのは、おそらく都会だけのものである。あれを全国基準にされたら困る。

 
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