永井義男氏による、江戸の大衆事情を描く連載。今回が最終回です。
イラスト/フォトライブラリー

 牛込に小倉(福岡県北九州市)藩の別邸があり、前藩主の後室(未亡人)が住んでいた。 周囲は木々に囲まれ、さびしい場所なので、日ごろから用心していた。

 寛延三年(1748)の秋。夜がふけてから、屋敷内に男が忍び込もうといているのに、おそよという女中が気づいた。
 おそよは浅草の町人の娘で、長年、後室につかえてきた。後室に危険が及ぶと案じて、おそよは男の前に立ちふさがり、大声で叫んだ。
「ご後室さま、早くお逃げください。曲者です。早くお逃げください」
 男が刀で数回斬りつけ、おそよはその場に倒れた。即死だった。
 騒ぎを聞きつけて、泊まり込んでいた小杉伝左衛門という藩士が駆けつけ、男と斬り合いになった。小杉は顔に少し傷を受けたものの、侵入者を斬り倒した。

 翌日、町奉行所に届け出て、役人が検使にきた。後室はもちろん、屋敷に奉公している者は誰ひとり、知らない男だった。そこで、役人は遺体を盛り場に晒し、
「この男を見知っている者は届け出よ」
 と、ふれた。
 しばらくして、男の身元がわかった。雑司が谷に屋敷のある幕臣の息子だったが、身持ちが悪いことから勘当されていた。

 

 その後、徐々に事情がわかってきた。男のふところに艶書があったのだ。
 後室に使える中老役の奥女中と男はかねてから密通しており、しばしば忍んできていたが、中老がそっと戸をあけて迎え入れていたため、誰にも気づかれていなかった。
 事件の夜も男が忍んできたが、中老はたまたま浜町に使いに出され、おそくなったため先方に泊まることになった。そのことを知らなかった男が、戸をこじ開けようとしたため、おそよに気づかれたのだった。

『窓のすさみ』に拠ったが、おそよの忠義が哀れである。なまじ男の侵入に気づき、後室を逃がそうとしたばかりに、斬り殺されてしまった。
 もし、おそよが騒がなかったら、男は中老の不在を知ると、そっと退散していたであろうからだ。
 なお、中老は奥女中の筆頭である。ただし、「老」の字が付いているからといって、老婦人というわけではない。
 男と密通していた中老は二十代後半、あるいは三十代初めくらいだったかもしれない。

連載「江戸の性」は今回で最終回です。長い間ご愛読いただきありがとうございました! 4月6日からは毎週金曜日に、永井義男さんの新連載を配信する予定です。次のテーマは、吉原で働く女性たちの裏側。どうぞお楽しみに!