第二次世界大戦期、ソ連軍の優秀な新型戦車「T-34」に対抗するためドイツ戦車開発陣が送り出した、特殊車両番号Sd.Kfz. 171、5号中戦車Panzerkampfwagen Vパンターの活躍を描く連載、第1回。
ドイツ軍に撃破され炎上するT-34/76。スラッシュの後ろの数字は搭載している砲の口径を示す。1944年初頭になると76mm戦車砲よりも強力な85mm戦車砲を搭載するT-34/85が出現した。

■常勝ドイツ戦車に影をさした「T-34ショック」

 ポーランド、北欧諸国、オランダ、ベルギー、フランス、ユーゴスラヴィア、ギリシャ。第2次大戦勃発後、これらの国々を片端から軍門に下してきたドイツだが、常勝のその先陣を務めたのは、同国が誇るパンツァートルッペン(戦車部隊)であった。
 こうして満を持したドイツは、さらなるレーベンスラウム(生存圏)の拡張に向けて1941年6月22日、「バルバロッサ」作戦を発動し、いよいよ東方のソ連の広大な国土へと攻め込んだ。そして、航空機、戦車、兵員などの頭数こそドイツより多いものの、著しく練度に劣るソ連軍は、歴戦のドイツ軍の前に大敗を喫して撤退を余儀なくされた。
 だがこの大勝利の裏で、恐るべき事実が判明した。それは、ドイツ自慢のパンツァートルッペンが装備するすべての戦車が通用しない新型の優秀な戦車を、ソ連軍が装備していたことだ。

「ガキーン!」
 スミレ色の火花を散らして、3.7cm対戦車砲PaK36から撃ち出された徹甲弾が易々と装甲板にはじかれた。自分たちの必殺の一撃が通用しないソ連戦車を眼前にして、ドイツ戦車猟兵(対戦車砲兵)たちの顔色が変わった。
「だめだ!全弾はじまれちまう!チクショウ、イワンの戦車にあんな凄いのがあるなんて、誰も教えてくれなかったぞ!」
 その名はT-34。ソ連兵たちは、親愛の情を込めて「モスクワの守護神」とか「ロージナ(祖国の意)」といった愛称で呼ぶことも多かった。
 この時期のドイツ軍の主力だった3.7cmの対戦車砲や戦車砲をものともしない装甲。徹甲弾も榴弾もどちらも撃てて、しかも当時としては大口径の高初速76.2mm戦車砲。泥濘や雪中でも機動性が損なわれない幅広の履帯を備え、おまけに快速での走行が可能な駆動系。T-34はこれらをすべて備えており、当時、ドイツ戦車では最強と目された短砲身24口径7.5cm砲装備の4号戦車すら、互角とはいえない分の悪い戦いをしいられた強敵である。

 

 のちに「T-34ショック」とも呼ばれるようになるこの事態に、パンツァートルッペンはもとより、ドイツ戦車開発陣も強い危機感を覚えた。そして鹵獲したT-34を徹底的に分析し、その対策を打ち出した。当時、ドイツ戦車開発陣は4号戦車に続く次期主力戦車として、20t級のVK2001の開発を進めており、机上案だったより大型のVK3001の具体化に着手しようという矢先だったが、それらをゼロに返して、一からT-34に対抗できる新型中戦車の開発が始められることになった。