第二次世界大戦期、ソ連軍の優秀な新型戦車「T-34」に対抗するためドイツ戦車開発陣が送り出した、特殊車両番号Sd.Kfz. 171、5号中戦車Panzerkampfwagen Vパンターの活躍を描く連載、第2回。
流れ作業で生産されているパンター中戦車。まだ車体前部の操縦手/通信手席の天井部分と機関室の天井部分が取り付けられていないため、内部構造がわずかにうかがえる。

■アンチT-34の旗手、その名はパンター

 鹵獲したT-34を徹底的に分析した結果、同車の強さの源は、避弾傾始を重視し傾斜させた防御装甲の巧妙な配置、既存の中口径野砲を改造した威力に秀でた戦車砲、軽合金を多用した軽量高出力のディーゼル・エンジンにあることが判明した。
 これを受けたドイツ戦車開発陣は、VK3002のコードで新型中戦車の試作を発注。受注したのは、ダイムラーベンツ社とマン社である。そのため前者はVK3002(DB)、後者はVK3002(MAN)と表記された。このうち、VK3002(DB)は事実上T-34のドイツ版コピーともいえるもので、VK3002(MAN)もT-34を大いに参考にしてはいるものの、ドイツのオリジナルといってよい設計であった。

 戦車好きで知られたヒトラーは、当初、VK3002(DB)を推していた。だが両設計を比較する目的で陸軍総司令部が設立したパンター委員会は、VK3002(MAN)にお墨付きを与えた。というのも、VK3002(DB)のほうがVK3002(MAN)より砲塔リング径が50mm小さかったからである。
 砲塔リングは、砲塔の重量を支え、搭載した戦車砲の反動を受け止めるのに重要な意味を持つ部位である。そしてこの直径が大きければ大きいほど、より大型(あるいは重装甲のため重い)の砲塔重量を支えられ、より大威力の戦車砲の反動が受け止められるのだ。
 かような理由で、パンター委員会はVK3002(MAN)の生産を許可するようヒトラーに上申。既述のごとくVK3002(DB)を推していたヒトラーは渋ったが、陸軍側の説得に応じて、車体正面の装甲厚を現状の60mmから80mmに増厚することを条件に同車の生産を認めた。

 

 装甲厚の増厚は車重増加に直結するので技術陣は懸念したが、ヒトラーのこの要求は結局、苛烈な実戦下において装甲厚は1mmでも厚いほうがよいという、「戦場のニーズ」を先取りした結果となった。そういった点では、技術者などとはいえない「戦車ヲタク」レベルのものながら、ヒトラーの眼力は侮りがたいものといえた。
 かくしてこの新型の中戦車は、「T-34ショック」によって心肝寒からしめられたドイツ戦車開発陣が送り出した同車への対抗策として、特殊車両番号Sd.Kfz. 171、5号中戦車Panzerkampfwagen Vパンターの名称で、生産が開始されることとなった。