日本では、4月2日から翌年の4月1日に生まれた子どもを同じ学年として扱っている。そのため、生まれ年が異なるクラスメイトがいるという事態が発生するわけだ。これは別に珍しいことではないが、1988~1989年に生まれた人たちは、昭和生まれと平成生まれが共存する。和暦にすると「元号」が異なる人たちが同じクラスで勉強していたというわけだ。昭和から平成に変わった前後に生まれた人たちは、この差を意識することがあるのだろうか。

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 今年で27歳になるという平成生まれの女性には、6歳上の昭和生まれの兄がいる。年が離れていればジェネレーションギャップが生じるのは自然なことだが、昭和と平成、生まれた時代が違うことによるギャップはあるのだろうか。
「同じ家で育っているし、ふだんは意識することはありません。でも、私以外の家族が昭和生まれなので、なんとなく疎外感を覚えることがあります」。
 平成生まれを理由に仲間外れにされたわけではないが、自分だけが違うという意識が少なからずあるという。「みんなと一緒がいい」と思いがちな日本人らしい感覚かもしれない。

 親子間ではどうか。現在のアラフォー世代の子どもは、当然ながら平成生まれになる。和暦が使われる役所関係の書類などを作成していると、子どもと元号が異なることに気づかされるという。だからといって、何かが変わるわけではないが、知り合いは子どもと元号が異なるという事実に「ママを通り越しておばあさんになった気分だった」と話していた。
 現在のアラサー世代は昭和末期生まれもいるが、現在子どもをもち、さらに来年以降に出産する予定ならば、3つの年代生まれで構成される家族になる。そのときには、各自がどのような思いを抱くか興味深いところだ。

 

 昭和の最後ともいえる1988(昭和63)年生まれは、平成生まれと机を並べて勉強したことになる。子どものころはお互いに意識などしなかったようだが、大人になったいまでは、平成に生まれた早生まれの同級生から「昭和生まれのオバサン」といわれることもあるのだとか。もちろん、冗談ではあるのだが、このように生まれた年号によって「世代」というものが区別されているのかもしれない。

 社会に出て数年が経過した平成生まれ数名に話を聞くと、「昭和生まれの上司は、年が近くても、考えなどが古く、前世代の考えを持っている」と感じることがあるとのこと。しかし、新たな元号が誕生する見込みの来年には、彼らも古い世代の人間になってしまうわけである。近い将来、下の世代から同じことを思われる可能性が高い。

 天皇の即位により元号がかわる近現代では、ひとつの時代が長く続くことが多かった。そのため、こうした世代意識が生まれやすかったのだろうが、それ以前は数年しか続かなかったことのほうが多い。そう考えると、生まれた年の元号によって世代を区分することはナンセンスなのかもしれない。