満洲事変、シナ事変と中国大陸を巡って日米両国が対立し、ついに日米戦争に発展してしまった――。こういった歴史観には致命的な欠陥がある。日米開戦を引き金を引いたのはソ連だ。江崎 道朗氏は著書『日本は誰と戦ったのか』 の中で、「雪作戦」に関する様々な評価について検討している。

■日米の専門家でも割れる「雪作戦」の評価

1941年10月、開戦直前の真珠湾

 モーゲンソー私案は、ソ連のNKVD機関員パブロフがホワイトに指示して書かせた五月の覚書に、多少の修正を加えただけのものでした。五月の覚書と同様に、パブロフが指示した「中国大陸からの日本軍の撤退」と「日本の軍備の大部分をアメリカに売却」という二項目がしっかり入っています。
 モーゲンソー私案について、須藤眞志氏の『ハル・ノートを書いた男』は、「ホワイトが対日提案を作成するにあたってソ連の情報工作があったことは否定できない事実である」としながらも、「必ずしもソ連工作に強く影響されて、ホワイトがモーゲンソー案を作成したとまでは断定できない」として、次のように書いています。

 ここで注目したいのは、アフメロフやパブロフが考えた解決案が、対日強硬案とはいえないことである。
 パブロフ氏によれば、ソ連は決して日米戦争を欲していたわけではなく、独ソ戦に備えて、ひたすら満州の日本軍の撤退を望んでいたという。日本が独ソ戦に乗じて満洲から北進してくることに強い懸念があったからである。それゆえホワイト工作の主眼も、なんとかして関東軍の撤退をアメリカの圧力と妥協で実現できないものかという点に置かれていた。モーゲンソー案にはそれがはっきりと現れている。
 
そして日本軍が満州や中国から撤退する、その「埋め合わせ」に日本に経済的利益をもたらそうというのが彼らの提案の枠組みであった。後者の一部には、日本の軍備をアメリカが買い上げるという奇抜な提案まで含まれている。満州から軍の主力を引く代わりに、日本は通商上の利益を極大化させ、満州国そのものも植民地としてその発展が認められるというもので、ある意味で日本にとって、かなり宥和的な提案のようにも思われる。
 
結論的に言えば、ソ連の工作によって日米戦争が起こされたとするソ連陰謀説は、パブロフの証言を見るかぎり、まったく当たっていない。(『ハル・ノートを書いた男』一六四~一六五頁)
 

 須藤氏は「ソ連の工作によって日米戦争が起こされたとするソ連陰謀説は、パブロフの証言を見るかぎり、まったく当たっていない」として、「雪作戦」を過小評価しようとしています。
 確かに、雪作戦が日米開戦の「最大の」要因だったとまで言えるかどうかについて議論があるのは事実です。
 ジョン・アール・ヘインズとハーヴェイ・クレアは『ヴェノナ』(邦訳はPHP研究所、二〇一〇年、五四一頁)の中で、「パブロフらがホワイトを通じて日米開戦を引き起こし、ソ連を二正面作戦から救った」というのは、ホワイトの影響力を過大評価し過ぎだと述べています。
 また、青山学院大学の福井義高氏は『日本人が知らない最先端の世界史』(祥伝社、二〇一六年、一八二~一八五頁)で、「日本に真珠湾攻撃を実行させた最大の原因が雪作戦だとは言えない」として、雪作戦も一つの要因であったことを認めた上で、ホワイトの影響力は対日政策よりも対中政策へのほうが大きかったと分析しています。

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