その経緯については改めることとして、ひとつ言えることは、DSMに基づく現在のうつ病のパラダイム(大多数の精神科医の間で共有されている、うつ病に対する考え方)を変えない限り、田中さん達のようなケースはあとを絶たないということです。

 うつ病の診断書さえあれば、服務規律違反と思えるような常識はずれな行動をされても、周囲の人間はその社員に何も注意できなくなります。注意の仕方ひとつで訴訟などを起こされるリスクがあり、ブラック企業の悪評が立つかもしれないからです。

 このように労働の現場では、うつ病の診断書がまるで「水戸黄門の印いん籠ろう」のように扱われ、モラルハザード(道徳的な節度の崩壊)の問題にまで発展することがあります。

 しかし、多くの精神科医は自分の書いた診断書がそのような事態を招いていることを知りません。なかには安易なうつ病診断に警けい鐘しょうを鳴らしている先生もいますが、残念ながらその声が世間に届いているとは言えないのが現状でしょう。

 果たしてうつ病とは、そんなに安易に診断していいものでしょうか。田中さん達は本当に病気なのでしょうか。

 たしかに何らかの悩みを抱えて一時的に落ち込んでいたのかもしれませんが、だとしてもそれは薬で治せる類のものなのでしょうか。
 仕事の内容や職場の人間関係で悩んで気分が落ち込んでいるなら、それは労働環境の問題として解決すべきものであって、精神科に通って解決できるものではありません。

 しかし、今日の日本では、そんな労働環境の問題が個々人のメンタルヘルスの問題にすり替えられてしまっているのです。
 この事実は、本書(編集部注:本記事)で世に訴えたい大きなテーマのひとつでもあるので、どうか頭の片隅に留めておいてください。

(取り上げる事例は、個人を特定されないよう、実際の話を一部変更しています。もちろん、話を大げさにするなどの脚色は一切していません。また、事例に登場する人名はすべて仮名です。本記事は「あなたは“うつ”ではありません」を再構成しています)。