うつ病診断がモラルハザードをもたらす。そう警鐘を鳴らす産業医(※事業場において労働者の健康管理等について、専門的な立場から指導・助言を行う医師。労働安全衛生法により、一定の規模の事業場には産業医の選任が義務付けられる)山田博規氏。3月に刊行し話題を呼んでいる『あなたは“うつ”ではありません』より紹介する第四回目。

【本書(編集部注:本記事)はうつ病を治すためのノウハウを紹介する類の本ではありません。むしろ現在うつ病の投薬治療を受けている方にとっては、受け入れがたい事実がたくさん書かれているかと思います。
 ですが、くれぐれも自己判断で現在処方されている薬の量を減らしたり、服用を止めたりしないよう、お願いします。
 抗うつ薬をはじめ、精神科で処方される薬は、一般的な薬と比べて体に強く作用するものが多いため、自己判断で減薬したり服用を止めたりすると、体調を悪化させるおそれがあります。
 安易な診断でうつ病にされている人が多くいるのは事実ですが、本当にうつ病で苦しんでいる人がいることもまた事実です。】
 

【「本当のうつ病」で苦しんでいる人もいる】

 前回まででご紹介した例、「田中さん達」は精神科医からうつ病だと診断されただけであって、本当にうつ病かどうかは疑わしいところですが、世の中には「本当のうつ病」で苦しんでいる人達がいることも確かです。

 ここで定義をはっきりさせておくと、本書で言う「本当のうつ病」とは、DSMが日本に輸入される以前のうつ病、やや専門的な言葉で言うと「内因性うつ病」と呼ばれるものです。「従来型のうつ病」と呼ばれることもあります。

 DSMが主流となる以前の日本では、ドイツ医学の流れをくむ精神病理学に基づいてうつ病が診断され、激しい気分の落ち込み(うつ状態・抑うつ反応)が、本人の性格やストレス環境に由来するものを「心因性」、体の病気に由来するものを「外因性」、それ以外のもの(はっきりした原因は不明だが、遺伝・身体レベルの何らかの障害に由来すると仮定されたもの)を「内因性」と分類していました。

 このうち、いわゆる「うつ病」と見なされていたのは「内因性」だけです。

 そのため、人間関係や、仕事の悩み、失恋など、原因がはっきりしている意欲の低下や気分の落ち込みは「うつ病」とは区別されていました。

 

 しかし、日本でDSMが主流になって以降、うつ病の診断基準が広げられ、単なる「人生の悩みによる落ち込み」と思えるようなものまで「病気」として扱う(うつ病等の精神疾患に含められる)ようになってしまったのです。

 内因性うつ病には、原因不明の激しい気分の落ち込みが長期間続いたり、意欲や行動力が低下したり、過度に自分を責めたりといった特徴があります。そのため、周囲が「病気」だと気づきやすいのも大きな特徴のひとつです。

 そして、この「本当のうつ病」には、抗うつ薬による治療が有効だということがわかっています。

 実際に私も産業医としての経験を通じて、本当のうつ病だと思われる人の症状が改善していく様子を見たことがあります。

 しかし、一方で田中さん達のようなうつ病(精神科医からはうつ病と診断されたが、単なる「人生の悩みによる落ち込み」の疑いがあるもの)が薬で治ったというケースを、私は実際に見たことがありません。