清児の次の名越(なごせ)は、水間鉄道では唯一、上下の列車が行き違うことができる駅だ。すでに、貝塚行きの電車が停車中で、水間観音行きが到着すると同時に貝塚へ向けて発車していった。元東急の同形車だが、こちらの車両の青いストライプに対し、あちらはえんじ色の帯だった。それぞれの車両にヘッドマークが付いているけれど、誰でも1万円払えばオリジナルな円形のマークを10日間電車に取り付けて走らせてくれると言う。誕生祝い、お店の広告、愛の告白など楽しいものが一杯だ。面白い増収策である。

 沿線は住宅地で、広々とした田園地帯を走るところはほとんどない。各駅で少しづつ降りていき、代わりに乗ってくる人はあまりいない。

名越駅で行き違い

 私が小学校の低学年だった頃、というから半世紀以上も前の話だが、大阪出身の母に連れられて夏休みに母の友人に会いに行ったことがあった。それが貝塚から乗った水間鉄道で、三ツ松駅で降りたことだけは覚えている。駅の脇に小さな踏切があり、その道を西の方へ歩いて行ったような記憶が少しだけ蘇ってきた。水間鉄道に乗るのは、その時以来である。

 三ヶ山口(みけやまぐち)駅は終点の一つ手前の駅だが、ここから歩いて数分のところに善兵衛ランドと言う天文台がある。江戸時代に独力で望遠鏡を造った当地出身の岩橋善兵衛を記念した施設で、歴史的な望遠鏡などの展示のほか、天体観測ドームも公開中だ。彼の望遠鏡は、日本地図を製作した伊能忠敬も使ったという。知られざる人物だったが、その偉業には注目する価値がある。

水間観音駅に到着

 さて、電車は終点の水間観音駅に到着した。貝塚から僅か14分のミニトリップであるが、ずいぶん遠くまで来てしまったような気になる終着駅だ。構内は意外に広く、2番線まであるホームのほか、小ぢんまりとした車庫もある。車庫の手前には、古びた電車が保存されていた。かつて水間鉄道で走っていた車両で、元をたどれば南海電鉄のものだという。赤とクリーム色の車体は異彩を放っていた。このまま朽ち果ててしまうのはもったいない。活用方法を検討しているようで、駅構内の目玉になるかもしれない。その車体の手前には、カフェ風の最近できたような洒落た建物がある。2階建ての集会室としても使えそうで、水間観音駅は、地域の観光スポットとして注目を集めようと準備中のように感じた。

水間観音駅で保存中の旧型車両
次のページ 国の登録有形文化財となっている駅舎