満洲事変、シナ事変と中国大陸を巡って日米両国が対立し、ついに日米戦争に発展してしまった――。こういった歴史観には致命的な欠陥がある。日米開戦を引き金を引いたのはソ連だ。 江崎道朗氏が著書『日本は誰と戦ったのか』の中で展開するインテリジェンスヒストリー。

■日米両国に侵入したソ連の工作員たちが和平の努力を踏みにじった

『スターリンの秘密工作員』は、日米開戦にはさまざまな要因があったので、もしこれらの工作がなかったら絶対起こらなかったかと言えるかどうかはわからないとしながらも、次のように概観しています(引用者の私訳。[ ]は原文のまま、( )内は引用者の補足)。

これらのすべてにおいて、またしてもKGB(原文のまま。この時期はまだKGBではなく、正確にはNKVD)の隠された手を見ることができる。
KGBは、すでに述べた理由により、日米間の緊張が決して緩和しないことを望んでいた。のちにKGB幹部のヴィタリー・パブロフが明らかにしたことであるが、彼はこの数ヶ月前にワシントンに行って、米日間の和解を阻むために強調すべき要点をホワイトに指示している。
ホワイトは大して指示される必要もなく、強硬姿勢の覚書を何度も推敲【すいこう】して書き上げた。比較すればわかるように、中国とインドシナについてホワイトが書いた(対日)要求項目は実質的にハルの提案と同じである。
パブロフとホワイトが面談した要点とハル・ノートの類似性は驚くべきものだ。
パブロフが明らかにしたように、彼はホワイトに向かって、日本は「中国およびその周辺における攻撃をやめ」、「中国大陸からすべての軍隊を撤収」しなければならないと強調した。ハルの提案はこれと同じだ──「日本国政府は中国及びインドシナより一切の陸海空兵力及び警察力を撤収するものとす」。
日本がこれらの条項を受諾できないことをハルが認識していたことは、ハルが「これでこの問題は[陸軍長官]スティムソンと[海軍長官]のフランク・ノックスの手に──陸軍と海軍の手に委ねられた」とのちに語ったことから明らかである。
従って、ホワイト、カリー、ラティモアら政府高官たちのグループが推進した政策は、東京のゾルゲ・尾崎ネットワークが推進した政策とぴったり符合する──すべてが、米日間の和解をなくす方向、より端的に言えば、日本にソ連を攻撃させない方向に向かっていたのだ。(『スターリンの秘密工作員』pp.96-97,( )内は引用者の補足、[ ]は原文のママ)
 
ノモンハン事件・総攻撃前のソ連軍

 なんとしても日米戦争を避けようと、日米両国は努力した。その努力を踏みにじり、日米戦争へと追い込む上で、日米両国政府に入り込んだソ連の工作員たちが大きな役割を果たした。──これがアメリカの保守派のエヴァンズらの結論なのです。

 そして、ホワイト、カリー、ラティモアらルーズヴェルト政権内部の官僚たちとIPRの関係について、次のように述べています。

もう一つ重要なのは、この多様な登場人物たちが示す連携ぶりである。東京のゾルゲ・尾崎とその仲間たち、ワシントンのホワイトとカリー、そして重慶のラティモアが連携してほぼすべての塁を守っていた。これほどの協調ぶりは、彼ら全員が極東問題を扇動する国際機関のメンバーだったことを見れば理解できる。その国際機関の最もよく目に見える姿がIPRだ。(同、p.9)

「極東問題を扇動する国際機関」の「最もよく目に見える姿がIPRだ」というのはどういう意味かと言うと、この国際機関には、裏の顔があるということです。

だから、ゾルゲ機関の多くのメンバーたち──アグネス・スメドレー、ガンサー・スタイン、陳翰笙、尾崎、西園寺──はなんらかの形でIPRとつながっていたし、同様のつながりをアメリカの工作員たちも持っていた。ラティモア、カリー、ホワイトはみなIPRとつながっており、互いをよく知っており、親ソ的な考えを持っていた。(同、p.98)
日中戦争・武漢作戦における九四式軽装甲車

 つまり、IPRの真の姿は国際的な「共産党」、つまりコミンテルンの工作組織ではないか、ということなのです。IPRに関わった人がすべてソ連の工作員だと断定しているわけではありませんが、これらの工作に関わった者たちがIPRとつながっていることは否定しがたい事実でもあるのです。
アメリカの政治状況を整理しておくと、日本との暫定協定案締結を模索していた「ストロング・ジャパン派」は、ソ連のアジア戦略の防波堤として中国での日本の行動に理解を示しており、日米戦争を望まない「平和勢力」だったと言えます。

 一方、対日強硬を煽っていた「ウィーク・ジャパン派」の中には、「強い態度で出れば日本が中国大陸での行動を抑制するだろう」と考えていた人や、「中国共産党の毛沢東ではなく、あくまでも蔣介石を支持していた人」もいましたが、ソ連の工作員も多かったのです。彼らは、アメリカ国内において対日強硬論を煽ることで、日米を戦争に追い込もうとしていました。彼らは紛れもなく「戦争勢力」でした。

(『日本は誰と戦ったのか』より構成)