■名声や富に興味を示さず……

 賢人としてのヘラクレイトスの名声はペルシアにも轟いていたようで、当時広大な帝国を築き権勢を誇ったダレイオス一世からも、講義を直接受けたいと要請する手紙が届けられた。
 ダレイオス王は手紙の中で「ギリシア人は賢者に敬意を払っていないが、ペルシアに来るならば貴殿にはあらゆる特権と栄誉を与えよう」と約束した。だが、ヘラクレイトスは「名声や栄誉には興味がなく、僅かなものでも自らの意に沿うものであれば十分満足している」と返事を書き、あっさりと断ってしまう。

 

 人と関わる煩わしさから逃れるためか、その後、ヘラクレイトスはさらに人里から遠く離れ、山奥に篭り、そこら辺に生えている草や葉を食糧として生活するようになった。だが、そのせいで体調を崩したのだろう。晩年は水腫を患い、街へ降りてきて医者の診察を受けることになった。
 診察の際、彼は医者に「洪水を干ばつに変えることができるか」と問いかけた。体内の余分な水分を排出するにはどうすれば良いかという謎掛けだが、医者はその問いに答えられなかった。彼はその答えを実演するため、牛舎へ行き、あろうことか牛の糞の山に自分から身を埋めるという暴挙に出た。
 これは「万物の構成要素は火である」とする考えに基づく、論理的に一貫した哲学体系を構成していて、体内の水分も熱によって蒸発させられると考えていた。だから、熱を持つ牛の糞の山に身を埋めれば、体内の余分な水分がなくなり、水腫も治ると考えたのだろう。だが、残念ながら牛の糞は病を治すことなく、そのまま彼は牛の糞の山に埋もれて息を引き取った。
 病の身体を自ら牛の糞の山に埋めて死ぬ……一見すると不条理な最期だが、ヘラクレイトスにとっては自らの哲学体系に基づいた一貫した行動であり、ロゴスを貫いた極めて論理的な死に方だったのである。