満洲事変、シナ事変と中国大陸を巡って日米両国が対立し、ついに日米戦争に発展してしまった――。こういった歴史観には致命的な欠陥がある。日米開戦を引き金を引いたのはソ連だ。 江崎道朗氏が著書『日本は誰と戦ったのか』の中で展開するインテリジェンスヒストリー。

■一九三〇年代に始まったアメリカ政府内部への共産主義者浸透工作

世界恐慌初期の取り付け騒ぎ時にニューヨークのアメリカ連合銀行に集まった群衆

 アメリカ政府内部への共産主義者の浸透、いわゆる内部浸透工作が本格的に始まったのは、一九三〇年代のことです。

 アメリカ共産党は一九一九年の結成で世界の共産党の中でも非常に早い方でしたが、一九二〇年代は小規模で無力であり、メンバーは英語が話せない東欧からの移民が中心でした。この時期はまだ、連邦政府の機関に浸透するほどの力はありません。

 ところが、一九三〇年代に入ると、党勢が一気に拡大して連邦政府のさまざまな省庁に共産主義者が大量に浸透していきました。
エヴァンズらによると、この時期になって急に浸透が進んだ理由は四つあります。

1929年世界恐慌のころのウォール街

 第一は、一九二九年の大恐慌の影響です。空前の大恐慌の衝撃で、それまでのアメリカ社会や資本主義への失望と不信が広がり、その反動から共産主義に惹かれる人が増えたのです。特に知識人や学界の上層や中核の人々に対する共産主義の影響が強まりました。

 第二は、スターリンによるソ連の戦術転換です。ロシア革命初期は秘密警察チェカー(正式な名称は反革命・サボタージュ取締全ロシア非常委員会)を使った暴力的手段が中心でしたが、一九三〇年代に入ると暴力性や共産党であることを隠して、平和運動団体や民主主義運動を偽装するフロント組織を作るように変えたのです。同時に、共産党員だけで活動する方法をやめて、利用できる勢力なら誰とでも手を組む方針に変えました。これを「人民統一戦線」と言います。

 
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