満洲事変、シナ事変と中国大陸を巡って日米両国が対立し、ついに日米戦争に発展してしまった――。こういった歴史観には致命的な欠陥がある。日米開戦を引き金を引いたのはソ連だ。 江崎道朗氏が著書『日本は誰と戦ったのか』の中で展開するインテリジェンスヒストリー。

■一九三〇年代に始まったアメリカ政府内部への共産主義者浸透工作

 ルーズヴェルト民主党政権下で、連邦政府内にはハロルド・ウェアという共産党員をリーダーとする地下組織「ウェア・グループ」が省庁をまたがって形成されていました。「ウェア・グループ」のメンバーは、ホワイトハウス、国務省、法務省、財務省、労働省、農業調整庁、社会保障庁、全米労働関係委員会、連邦公務員組合、上院、そして、陸軍の軍事施設であるアバディーン性能試験場にも浸透し、名指しされているだけでも二十数人に及んでいました。

 ソ連軍情報部(GRU)につながる地下組織「ウェア・グループ」の目的は、単なる政治学習や勉強会ではなく、機密情報を盗み出すスパイ活動だけを行っていたわけでもありません。彼らの最大の目的は「積極工作」、つまり、政府内部に入り込んで政策決定に干渉し、アメリカの政策そのものをソ連に有利な方向に捻じ曲げる政治工作でした。

ウィッテカー・チェンバース

 チェンバーズはベストセラーとなった著書『証人(Witness)』(Regnery History, 2014)の中で、「ウェア・グループ」の目的をこう述べています。

 このグループの本当の力はもっとずっと高いレベルにあった。それは、最も戦略的な位置からアメリカ合衆国政府の政策、特に労働と福祉政策に影響を与えられる力だった。加えて、メンバーの一人は全米労働関係委員会の書記であり、別の一人は産業別労組会議の最高幹部会に入っているので、共産党は自分が支持する政策や人物に有利に、支持しない政策や人物に不利になるように、大きな影響力を発揮できる立場にあった。(『証人(Witness)』p.289)

 当時のアメリカ民主党の政治家たちは労働組合から支援を受けるようになっていたので、労働組合の意向に敏感でした。この労働組合の幹部に、ソ連の秘密工作機関「ウェア・グループ」のメンバーがいたため、民主党の政治家は、ソ連の秘密工作に強い影響を受けていたというのです。

 ウェア・グループに属する工作員は当然、政府機関、労働組合、マスコミなどの中に入り込み、連携して動いていましたが、このように政府やニューディール機関などに存在していた地下組織のグループはウェア・グループの他にも複数ありました。

 各グループの機能は学習会的なもの、プロパガンダ、非公然の破壊活動などさまざまで、人事配置、昇進、セキュリティチェックで便宜をはかるなど、グループ同士で支援し合い、守り合っていました。

 
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