■あっけなく終わった父との在宅介護生活

連載「母への詫び状」第十五回〉

認知症になってから、一層父との付き合い方を考えさせられた。
(写真:フォトライブラリー)

 父の認知症について書くと、予想以上の反響があって驚かされる。

 本連載は「独身息子が介護で見つけた小さな幸福」というサブタイトルが付いていて、できれば幸せな話を書きたいと思っていた。

 在宅介護というと、読んでいてせつなくなるようなハードな話題ばかりだけれど、本当にそうだろうか、介護によって親との関係を見つめ直したり、自分が成長したり、介護を通して気付く幸せもあるのではないかという、プラスの面を綴りたいと思っていた。

 ところが現実には、母とのささやかな思い出話よりも、父の認知症の話のほうがはるかに反響がある。

 認知症の話題なら、専門家が著した本や、介護を経験した著名人のエッセイもたくさん出ている。ぼくが今さら語る必要もないだろうと考えていたけど、たくさん出ているということはそれだけ身近で、深刻で、需要があるという証なのだろう。

 父に関するぼくの個人的な話は長続きしない。覚悟していたよりずっと早く、父を介護施設に入れてもらえる時期がおとずれたからだ。

 施設の空きに合わせながら、ショートステイ(短期入所)をつなぎ、長期入所できる日を待つ。空きがないときは自宅でぼくが世話をする。そうやって踏ん張っていれば、そのうち母も退院してくる。どこかの施設に長期入所できるようになるかも知れない。ぼんやりと、そう考えていた。

 なにしろ当時は「特養(特別養護老人ホーム)に入りたくても入れない、空き待ちの人が全国に50万人いる」と言われていた頃である。

 その後、2015年に制度が改正されて、入所できる人の介護度が上がったため、〝特養待ち介護難民〟は急減したとされるが、それまでは「特養なんてよっぽど運が良くないと入れてもらえない」という認識だった。だから、うちもケアマネージャーに言われるまま、複数の施設に申し込みだけは済ませて、いつか空きが出る日まで気長に待とうと覚悟していた。

 それが、意外とあっさりOKになった。父のショートステイをお願いしていた特養から、審査を通ったので長期入所できますと連絡が来たのである。

 父は当初、週末にショートステイを利用していた。長期入所者の中には、家族の都合がつく週末だけ自宅へ帰る人がいるので、たとえば金曜から日曜まで空きが出る。その人たちが戻ってくれば、ショートステイ利用者は家に帰らなければならないが、たまに自宅へ帰ったまま戻ってこない長期入所者がいるという。これで空きが出る。父のケースではそう説明された。

 この辺の事情については不確実な噂話もあり、ショートステイを繰り返している間に、本人の態度や家族の支払い能力が見定められているとか、施設側の思惑次第で審査を通るかどうかも決まるんだという、ネット掲示板レベルの話も耳にした。本当のところは知らない。うちの場合は母が入院中だったことから、入所の必要性が高いという判断をしてもらった可能性もある。

 認知症の父との在宅介護生活は、こうしてあっけなく終りを迎えた。ほっとしたような、気が抜けたような、せっかくの心の準備をすかされたような感情もあった。

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