日本の軍部独走・侵略史観に基づく悪玉扱い、逆の「日本は悪くなかった、悪いのは周りの大国だ」という日本小国史観、海外大国による外圧・陰謀史観。これらの歴史観はすべて間違いだ。『学校では教えられない 歴史講義 満洲事変 ~世界と日本の歴史を変えた二日間 』を上梓した倉山満氏が満洲事変の真実に迫る!

■満州事変の時の日本は国際法を守ることが武器だった

 いままで通説とされてきた日本の軍部独走・侵略史観に基づく悪玉扱い、逆にその反動としての「日本は悪くなかった、悪いのは周りの大国だ」という日本小国史観、海外大国による外圧・陰謀史観は、満洲事変においては、すべて間違いです。

 なぜ日本は国際法を遵守するのか、といえば、国際法を守りに守って使いこなすことが明治維新以来の日本の最大の武器だったからです。

 満洲事変の時の大日本帝国は、国際法的に正しいことしかしていません。「なのに、なぜ国際世論を説得できなかったのか。なんて馬鹿なんだ」というのが満洲事変の出発点であり、考えてほしい視点です。

 コミンテルンとは、共産主義インターナショナル(Communist International)の略称です。一九一九(大正八)年にモスクワに創設されました。ソ連(ソビエト連邦)を核とした、各国共産主義政党の国際統一組織で、一九四三(昭和十八)年に解散しています。

 共産主義とは「世界中の政府を暴力で転覆して、金持ちを皆殺しにすれば、全人類が幸せになれる」という思想で、それ以上の中身はありません。コミンテルンは世界中の政府を暴力で転覆するための組織であり、ソ連の初代独裁者レーニンの親衛隊でした。二代目独裁者のスターリンが初代の親衛隊に信頼を置くはずはなく、スターリンは、内務省系のGPU、軍情報部、そしてコミンテルンを互いに牽制させながら使っていきました。

 後の時代は知りませんが、満洲事変でコミンテルンが何か陰謀をしていようが、ソ連は勢力圏を失った「不戦敗」です。

 コミンテルンの陰謀が無い訳はないのですが、コミンテルンが陰謀により世界のすべてを操ることもありえないのです。

 満洲は、海外からはどう見られていたのでしょうか。ひとことで言えば、無関心です。

 一九〇四年、露仏同盟と日英同盟の戦いが日露一騎打ちの日露戦争になり、英米が日本を応援してくれたという格好ですから、もちろん、日本の勝ちすぎを牽制するし、「満洲をひとりじめするなよ」みたいなことを英米は言ってきます。

 しかし、日露戦争の結果、国際情勢がどうなったかというと、ヨーロッパではバルカン半島が主正面、つまり政治軍事の最重要争点となります。露仏同盟とイギリスが結びつき、ドイツおよびオーストリアとバルカン半島を中心に角逐【かくちく】する形勢になりました。

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