■公立の進学校で野球をしたかった

 

 試合に出られる保証はない。それでも、楽天の八百板(やおいた)卓丸(21歳)は、初の一軍登録を翌日に控えた夜、一睡もできなかったという。

「興奮と緊張で全然、眠れなかったっす。よく、あるじゃないですか。『寝ないと』って思えば思うほど寝られないことって。自分もそんな感じで。『もう朝じゃん!』って」

 4月15日の西武戦。プロ4年目を迎えた八百板の名が、楽天生命パーク宮城にコールされたのは8回。一軍デビューは代走だった。

 一塁走者としてゼラス・ウィーラーのレフト前安打で一気に三塁まで進み、銀次のライトへの犠牲フライで本塁に生還した。プロ初得点。チームが大量リードしていたこともあって大きな見せ場ではなかったかもしれないが、八百板にとっては大きな一歩だった。

 この日、地元の福島から観戦に来ていた、1歳年上の兄・飛馬は、声を弾ませながら弟のデビューを喜んでいた。

「やっとですよ、やっと! 弟はこれからが本当の勝負ですからね。もう『頑張れよ、お前!』って気持ちだけですよ」

 卓丸と飛馬は、聖光学院(福島県)の出身である。同じユニフォームを着てプレーしたおよそ1年半、弟は兄の激励を背に野球に打ち込んできた。
 頑張れよ! ――直接そう言われずとも、兄の言葉はいつも胸に響いていた。

 

「半ば強制的に、でしたね」
 卓丸はそう言って笑う。自分の願望を正直に言えば、本当は聖光学院ではなく、公立の進学校で野球がやりたかった。

 中学時代に兄から聖光学院野球部のことは聞いていた。練習よりミーティングのほうが長い日もある。技術よりも人間力。たとえ野球がうまくても、人としての成長がなければ試合には出られない――。中学生の卓丸にとっては、純粋に「聖光はかなり厳しい」と感じたのは無理もないし、その環境に飛び込む覚悟を自身に問うても懐疑的だった。だから、「合わないだろうな」と感じた。それでも、兄をはじめ両親からの説得もあり、2012年に聖光学院野球部の門を叩くことになるわけだが、入学後の最大の障壁は、自分の背中を押してくれた兄・飛馬の存在だった。

「兄貴と比べられたのが一番辛かったですね。横山(博英)コーチから『なんでお前は、兄貴のようにできないんだ!』とか、結構言われて。今振り返ると、自分のために言ってくれたっていうことはわかるんですけど、あのときは本当に嫌でしたね」

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