SSRIが販売される前の日本では、うつ病はあまり世間にその名前や存在が知られていない「珍しい病気」でした。

 また、当時は精神疾患全般に偏見をもっている人も多く、精神科を受診すること自体、世間体が悪いものとして避けられる傾向にありました。

 そうした事情もあり、1990年代の初め頃までは、海外の製薬会社も、日本にSSRIを売り込むのは難しいと考えていました。

 しかし、やがて日本で過労死や自殺の増加が社会問題になったり、1995年の阪神・淡路大震災で被災者の心のケアが叫ばれるようになったりし始めたことから、風向きが変わり始めます。

 これだけ自殺者が多く、「心」に関心が高まっているのだから、日本には、認識不足から自身のうつ病を自覚していない「隠れうつ病患者」がたくさんいるはずだ――SSRIを日本に売り込みたい海外の製薬会社はそう考え、未開拓の日本のうつ病市場に商機を見いだすようになったのです。 

 また、その頃からマスコミやオピニオンリーダー的な一部の精神科医が中心となって、欧米のメンタルヘルスがいかに進んでいるか(加えて日本のそれがいかに世界から遅れているか)を世間に訴えかけるようになったことも、製薬会社にとっては大きな追い風になりました。 

 ただ問題は、当時日本でうつ病と言えば、ドイツ流の精神病理学診断に基づく内因性うつ病だと認識されていたことです。

 今日でも言えることですが、たとえ激しく気分が落ち込んでいても、この内因性うつ病に該当する人は、実はそれほど多くはありません。SSRI販売以前の日本でうつ病が世間一般にあまり知られていない珍しい病気だったのもそのためです。

(取り上げる事例は、個人を特定されないよう、実際の話を一部変更しています。もちろん、話を大げさにするなどの脚色は一切していません。また、事例に登場する人名はすべて仮名です。本記事は「あなたは“うつ”ではありません」を再構成しています)。

<次回は 新薬の登場でうつ病患者が急増した について紹介します>