現在の技術を持って作られたものと寸分違わぬ日本図を200年以上前に描いた忠敬。
それはどうやって可能になったのか。使われた測量法と機器をもとに読み解いていこう。

■天体観測による緯度の決定も正確な地図づくりの秘訣

 導線法と交会法を併用し、さらに富士山などを目標物とした遠山仮目的の法を用いても、まだ誤差は吸収しきれない。そこで伊能隊が必ず行ったのが天体観測だ。

[HOW TO]①天体の高度が最も高くなる瞬間を観測する子午線儀を、南北を正確に設置する。②子午線儀の横に象限儀設置。垂揺球儀と呼ばれる道具で時刻を測る。③狙った星の高度が最も上がった時点を子午線儀で観測。象限儀でその角度を測る。

「日中の測量を終えて宿に着くと、晴れていれば必ず観測地点の緯度を求めていたのです。昼間は太陽の南中高度も観測しました。特定の天体の南中高度を江戸深川の自宅で観測しておき、測量地点で観測したものとの高度差を比較して緯度を算出したのです」こう話すのは、伊能忠敬研究会名誉代表の渡辺一郎さん。

 測量の総日数3700日余のうち、1404日も天体観測を試みたという記録がある。また、多い時は一晩に20〜30以上の恒星を、また月食や日食に木星の凌犯(食現象)も観測していたという。

 上部の図は、伊能隊の観測の様子が描かれたもの。右の子午線儀の側には、忠敬と思われる人物が、中央の象限儀には、観測者と明かりを持つ助手がいるのが分かる。

「忠敬よりも前に元禄国絵図による日本総図を修正した建部賢弘(けんぶたかひろ)は、〝天体観測により経緯度を決定しなければ日本全図はまとまらない〞と言っていますが、実行したのは伊能隊が初めてでした」。

 現在の測量技術と寸分違わぬ日本図を作り上げた秘密のひとつは、天体観測にもあるのだ。

 
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