■毎朝仏壇のお供えのご飯を食べていた母

連載「母への詫び状」第十六回〉

 仏壇にお供えしてあるご飯を見ると、母を思い出す。

(画像:フォトライブラリー)

 子供の頃は、いつもこれが不思議だった。誰も食べる人がいない仏壇に、毎朝、炊きたての御飯を小さな器によそって供える。そして前の日に供えた分は、もう冷たくなって、カピカピに乾いているのに、それを母が朝ご飯に食べる。

 昔は電子レンジどころか、保温機能つき炊飯ジャーなどという文明の利器もなかったから、残りご飯はいつも冷たかった。家族には炊きたての温かいご飯を出して、自分は冷たくなった残りご飯を食べる。役目を終えたカピカピの仏壇のご飯も一緒に。

 うちだけでなく、たぶん昭和の多くの家庭で、母親はそうやって残りご飯を食べる役割を引き受けていた。

 父はときどき「おまえもあったかいご飯を食べればいい」と、母に諭すように話していたが、母は黙ったまま習慣を変えようとしなかった。ご飯を捨てるなんてもったいない、だったら私が食べるしかない、食べればいい。そんな感覚だったのだろうか。

次のページ 自分のことは後回しにして、家族を優先していた母