■本当に助けを借りたいのは母だった

 ああ、やっぱり父のことか。どうやら認知症が進行しているらしい。

 ところが母の話を聞いていると、どうも要領を得ない。
「なんか具合が悪くてさ……」「肺炎だって言われてね……」「でも、おとうちゃんがこんなだしねえ……」

 時々、ゴホゴホと咳き込みながら、話が違う方向へ進む。

 何、どういうこと? 誰の話をしてるの?

 主語がないから、よくわからない。じっくり、くわしく聞いて、やっと事態がつかめた。

 母はこのところ咳が止まらず、どうにか時間を見つけて病院へ行ったら、肺炎と診断された。それもかなり重い肺炎のようで、すぐに入院するように言われたという。

 しかし、認知症の父をひとりで家に置いたまま、自分が入院するわけにはいかない。だからどうしたらいいのだろうと、離れて暮らす息子に相談してきたのだ。

「え? おとうちゃんの話じゃなくて、おかあちゃんの話なの!?」

 いつもと違う時間帯の電話は、父の相談ではなく、自分自身の病気が発覚した母からのSOSの電話だった。こんな非常時ですら、一番大事な報告を後回しにしてしまうなんて。

「すぐ入院しなさいって医者に言われたんでしょ? じゃあ、すぐ入院しなきゃダメじゃん」
「でも、おとうちゃんがいるからねえ……」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ」

 こうして驚いた息子は急いで新幹線に飛び乗り、すぐに母の入院手続きをした。数年ぶりに帰った実家で、母の顔が黄色くくすんでいたのを見たときは血の気が引く思いだったが、ひとまず医者がそばにいる環境なら、今すぐに命に関わることはないだろう。

 父の心配をするのは、その後の話だ。言葉は悪いが、もう子供の判別もできなくなりつつある父親に引っ張られて、元気だったはずの母親まで道連れの共倒れになったら、のちのちまで後悔がつのる。それは避けなくてはならない。

 母の肺炎は長引いた。
 細菌性の肺炎だったか、ウイルス性の肺炎だったか忘れてしまったが、合う薬がなかなか見つからず、担当医が苦労していた。
 それでもようやく合う薬がわかり、そこからは母の症状も次第に快復へ向かった。

 しかし、難題はこれで終わらなかった。肺炎の入院中に、別の病気が見つかったのである。ガンだった。
 

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