日本の精神医学界にDSMが本格的に普及する決定打となったのも、海外の製薬会社のマーケティング戦略だった。こう指摘するのは、「産業医」(※事業場において労働者の健康管理等について、専門的な立場から指導・助言を行う医師。労働安全衛生法により、一定の規模の事業場には産業医の選任が義務付けられる)として多くの企業でメンタルヘルスの面談を行う山田博規氏。山田氏が3月に刊行し話題を呼んでいる『あなたは“うつ”ではありません』から紹介する第12回。
【本書(編集部注:本記事)はうつ病を治すためのノウハウを紹介する類の本ではありません。むしろ現在うつ病の投薬治療を受けている方にとっては、受け入れがたい事実がたくさん書かれているかと思います。
 ですが、くれぐれも自己判断で現在処方されている薬の量を減らしたり、服用を止めたりしないよう、お願いします。
 抗うつ薬をはじめ、精神科で処方される薬は、一般的な薬と比べて体に強く作用するものが多いため、自己判断で減薬したり服用を止めたりすると、体調を悪化させるおそれがあります。
 安易な診断でうつ病にされている人が多くいるのは事実ですが、本当にうつ病で苦しんでいる人がいることもまた事実です。】

【DSMという「黒船」の襲来】

 

 DSM(※アメリカ精神医学会が定めた、精神障害の診断と統計マニュアル)自体は、SSRIが日本で発売されるずっと前の1982年に日本語に翻訳され、日本に入って来ていました。

 しかし、実のところ、当時の日本の精神科医は、DSMを精神疾患の診断基準として、まったくと言っていいほど認めていませんでした。

 当時日本で主流だったのは、ドイツ流の精神病理学に基づく「従来型診断」です。

 従来型診断では、患者の気分の落ち込みが精神疾患に該当するか否かを厳密に鑑別する努力がなされていました。

 そのため、従来型診断に慣れ親しんでいたベテラン精神科医ほど、DSMの「操作的診断」、すなわち患者の訴える症状が精神疾患の特徴的症状に何項目該当するかで診断を下す手法に否定的でした。

 従来型診断で精神疾患を鑑別すると言っても、それは大変難しい作業であり、精神科医の技量によって診断に差が出てしまう(病名が異なる)というのが現実でした。

 一方、DSMに基づけばそのように医師の個人的能力によって診断に差が出ることはありません。

 そのため、日本でメンタルヘルス対策の需要が高まるにつれ、日本の精神医学界は、若手医師を中心に、DSMのわかりやすさ・簡単さに傾いていきました。