うつ病を疑って精神科を受診したところで、人生の悩みのすべてが薬で治るわけではない。ある意味、誇大広告だった「DART」キャンペーンによってつくられた、人生の悩みまでも精神科で治そうとする考え方が本当に「進んでいる」といえるのか?こう指摘するのは、「産業医」(※事業場において労働者の健康管理等について、専門的な立場から指導・助言を行う医師。労働安全衛生法により、一定の規模の事業場には産業医の選任が義務付けられる)として多くの企業でメンタルヘルスの面談を行う山田博規氏。
山田氏が3月に刊行し話題を呼んでいる『あなたは“うつ”ではありません』から紹介する第13回。
【本書(編集部注:本記事)はうつ病を治すためのノウハウを紹介する類の本ではありません。むしろ現在うつ病の投薬治療を受けている方にとっては、受け入れがたい事実がたくさん書かれているかと思います。
 ですが、くれぐれも自己判断で現在処方されている薬の量を減らしたり、服用を止めたりしないよう、お願いします。
 抗うつ薬をはじめ、精神科で処方される薬は、一般的な薬と比べて体に強く作用するものが多いため、自己判断で減薬したり服用を止めたりすると、体調を悪化させるおそれがあります。
 安易な診断でうつ病にされている人が多くいるのは事実ですが、本当にうつ病で苦しんでいる人がいることもまた事実です。】

【本当に日本の精神医療は遅れていたのか?】

 日本の精神医学界にDSM(※アメリカ精神医学会が定めた、精神障害の診断と統計マニュアル)が浸透していった経緯は、まさに「黒船の襲来」です。
 江戸時代の末期、日本は、黒船に象徴される圧倒的軍事力を背景に、アメリカと不平等条約を結ばされました。ある意味、価値観の押し付けです。その歴史をなぞるかのように、日本の精神医学界もDSMの価値観を押し付けられたと言えます。

 本当の病気だけを治すという考え方は遅れている。これからの精神科は人生の悩みすべてに対応するべきだ――日本の精神医学界は、そんな考え方を何の検討もせず一方的に受け入れてしまったのです。その背景には「アメリカの偉い先生が言っているから間違いないだろう」という、今日に通じる対米追従主義があったのだと思われます。

 アメリカは進んでいて、日本は遅れている――今も昔も、そして精神医療に限らず、どの分野においてもよく言われることですが、果たして本当にそうなのでしょうか。少なくとも精神医療に関しては、その認識は間違っているような気がします。

 深刻な精神疾患だけでなく、人生の悩みによる落ち込みも、精神科に行って薬をもらって治そうという考え方は、今日のアメリカで一般的な発想です。

 しかし、昔からそうだったわけではありません。

 1988年に「DARTキャンペーン 」という大々的なうつ病啓発キャンペーンをアメリカ精神医学会と製薬会社が共同して行った結果、人生の悩みでも気軽に精神科を受診する考え方がアメリカで広まったのです。

「DART」とは「Depression ‐Awareness, Recognition, and Treatment Program(うつ病‐気づき、認識、治療プログラム)」の略です。

 このキャンペーンは「うつ病の症状やその治療法があることを世間の人々に知ってもらう」や「世間のうつ病に対する態度や偏見を変え、うつ病が〝人間としての弱さ〟ではなく病気だという理解を促す」などの目標を掲げて推進されました。

 
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