「悪」とは何か--。それを考えることが、本書を書き始める動機だったという。精神病質(サイコパス)に関する多くの著作がある精神科医、岩波明さんはそう語る。
 最新刊は、『殺人に至る「病」 精神科医の臨床報告』(ベスト新書)。精神病質が引き起こしたとされる凶悪殺人事件の数々の事例は、まるで短編小説のようなスリリングな展開を見せる。それぞれの事件に対し、これまで多くの犯罪者の精神鑑定や治療に携わってきた岩波さんの検知と分析がなされ、われわれは「そうだったのか」と新事実を識ると同時に、殺人という取り返しのつかない犯罪を前に、なんともいえないもやもやとした気分にも陥る。
 『殺人に至る「病」 精神科医の臨床報告』を手引きに、ネット社会になりますます注目されてきた「サイコパスと犯罪」について岩波さんに訊いた。

■「発達障害」をわかった気になってる

 

--つい先日、東海道新幹線で衝撃的な殺傷事件が起きました。6月9日夜、走行中の東海道新幹線車内で男女3人が刃物で襲われ、男性ひとりが死亡した事件です。6月10日の毎日新聞では「容疑者は自閉症?」という見出しを掲げ、公式ツイッターでは発達障害に言及しネットで炎上しました(毎日新聞はのちに見出しを削除、誌面とツイッターに「おわび」を掲載)。

岩波  「発達障害」というのは病名でなく、「ADHD」(注意欠如多動性障害)、「ASD」(自閉症スペクトラム障害)などを含む総称です。この「診断」が一方的に報道されることに危惧しています。

--「発達障害」といわれると、われわれはわかったような気になりますが、誤解を生む報道であったと。

岩波  発達障害の診断は専門医でも難しく、誤診もまれではないため、今回の新聞の見出しには疑問が残ります。この事件では、精神科の診断名よりも、加害者の精神状態を不安定にするような状況が、より重大な問題であったと考えます。加害者は、必要な時期に適切な愛情を受けて育たなかったのではないかという印象が強い。自らに不全感を持っており、将来に希望を持てない状態だったようです。思春期において、親から心理的に見捨てられたという感情による影響が大きいと考えられます。

--そこで自暴自棄になり刃物を振り回したのでしょうか。

岩波 自殺も考えたと加害者は言っているようですが、そのような衝動が外部に向いたものが、今回の事件なのかもしれません。そのようなケースは、無差別殺人の事例では珍しいことではないのです。 

本書の刊行と凄惨な殺人事件が、思いもかけないところでリンクした形だが、次回からは、岩波さんが診(見)てきた、個々の事例や事件を起こした精神病院の「住人」について語っていただこう。