岩波明氏の著書『殺人に至る「病」 精神科医の臨床報告』(ベスト新書)の第1章「不寛容と悪」では、「悪とは何か」という小見出しから始まる。岩波明氏の捉える悪とは何だろうか。「悪」とは何か--。それを考えることが、本書を書き始める動機だったという。精神病質(サイコパス)に関する多くの著作がある精神科医、岩波明さんはそう語る。

■「悪人」を仕立てることが容易になった時代

岩波 悪に定義は一様ではありません。ただ、殺人はともかく不倫のような個人間のトラブルまで「悪」とされる時代になりました。ネットの住人となったわれわれは、10年前とは比べものにならないくらいの情報を浴びています。そんな溢れる情報の中で「悪人」を仕立てることやあぶり出すことが容易になったのです。

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--そこからバッシングが始まる。

岩波 ベッキーの不倫事件(2016年)などに代表されるのは、ネット住人からの容赦ない集中砲火です。その牙は擁護した人たちにも向けられました。これにマスコミが加わることで、一般の人たちまで追随し「世の中の声」が作られていくのです。

--先生はそのような現象を「不寛容化する社会」と以前よりおっしゃっていますね。本書にも〈不寛容な人たちは、「小さな悪」に目を奪われるあまり、「大きな悪」には鈍感になっているのではないか〉とあり腑に落ちました。

岩波 さらにネット時代になり新たに出現したのが、凶悪な犯罪者をある種「神様」扱いすることが散見されることです。酒鬼薔薇聖斗(1997年2月から5月にかけて起きた神戸連続児童殺傷事件の犯人で当時14歳)や宅間守(2001年6月に起きた大阪教育大学付属池田小学校事件の犯人。2004年に死刑執行)などを賛美する声も表に出てくるようになりました。

--両事件が起きたのはちょうど世紀が変わる前後、ネットの普及期と重なっていますね。殺人犯のような「大きな悪」に対しても、一方で共感も寄せられるようになったのですね。ところで先生は、池田小事件の宅間がサイコパス(精神病質)であったことにも触れておられます。

岩波 池田小事件の宅間守は、犯行後の精神鑑定でサイコパスのひとつである人格障害(パーソナリティ障害)と診断されました。しかし司法の場ではサイコパスは精神疾患としては扱われず、一般人と同等の扱いを受けます。その結果、宅間は責任能力あると判断され、死刑が執行されたのです。

--サイコパスは、社会のどこに潜んでいるのでしょうか。

岩波 カナダの心理学者ロバート・D・ヘアは「社会のあらゆる場所にサイコパスが潜んでいる」と主張しています。たとえば、猜疑心が強く自己中心的、他人の感情を理解せず、一方、目上の人には媚びへつらう人、そんな人身近にいないでしょうか。

 

--います。います。まったく潜んでいません(笑)。本書に医局のエピソードが出てきます。精神科の部長が度の過ぎたパワハラを部下の医師にはたらき、会議などを通し精神的に追い詰め、結果、その医師は医局を辞めてしまいます。

岩波 「精神的な奇形」と呼んでもいいかと思います。サイコパスもある種の病気には違いないのです。

--そんな職場は多くありそうです。部下の医師は、どうすれば辞めなくてすんだのでしょうか。手立てがあれば教えて下さい。

岩波 いやー、辞めて正解だったと思いますよ(笑)。