岩波明氏の最新刊『殺人に至る「病」 精神科医の臨床報告』(ベスト新書)には、精神病が引き起こした驚くべき殺人事件の数々が綴られている。病気が原因とはいえ、人間の深い闇を覗いたような暗澹たる気分になる。一方、精神病ゆえ責任能力なしとされ、刑事罰に問われることなく、また社会復帰も赦されず精神病棟で何10年も過ごす「犯人」がいる。

■院内でのようすは 

 

--「パリ人肉事件」(1981年)の犯人である佐川一政もフランスで無罪となり帰国、一時松沢病院に入院していたと聞きます。殺人事件を起こした犯人を迎えるときに、病院はどのような体制で臨むのでしょうか。

岩波 特別なことはしませんね。あえていえば、マスコミ対策でしょうか(笑)。病院の周辺はうるさくなりますが、われわれは病気の治療をするだけです。ただ、それぞれの精神病特有の症状が出ます。先の「中野テレビ騒音殺人事件」の犯人の場合は、他の患者と殴り合いをすることも珍しくはなかったです。統合失調症による幻聴と被害妄想は依然続いていたからです。私が彼を担当した時期も、自分が病気であることをまったく自覚せず、両親に無理矢理精神病にされたとずっと憤っていました。

 

--改善は見られたのでしょうか。

岩波 彼を落ち着かせるには大量の薬の投与が必要でした。抗精神病薬を通常であれば急性期でも300~400ミリグラムが使用量ですが、彼の場合は常に1000ミリグラム以上の投与されていました。一旦、薬を減量するととたんに被害妄想が出て入院患者とのトラブルを起こすのです。

--自分の病気を認めない患者……。

岩波 だから、事件から何10年たっても入院しているといえます。

--「相模原障害者施設殺傷事件」(2016年)の犯人は、措置入院を受けていましたが事件は防げませんでした。重大事件を起こす前に、精神病の患者を社会的に見守る体制はできないのでしょうか。

岩波 事件のあとでしたら、刑事罰に問えない犯人を「医療観察」という制度で入院させ社会復帰を目指します。しかし、事件を完全に防ぐ手立てはありません。的確な診断と治療がよりいっそう求められています。