精神が支配されると、無差別テロも厭わない。人を殺しても何の得にもならない。それで も人は衝動的、暴発的に非合理に突き進む生き物なのだ。 世の中に存在する「悪」とはなにか--。 『殺人に至る「病」 精神科医の臨床報告』(ベスト新書)をテキストに、殺人犯の履歴 をたどりながら「悪」の背景を著者の岩波明さんに訊いた。本書の終章では、日本中を震撼させた無差別テロ「地下鉄サリン事件」(1995年)の実行犯のひとりであった豊田亨死刑囚を通して背景を紐解く。さらに、その20年以上前に起きた「連合赤軍事件」(1971~1972年)との共通点を指摘する。

■「個人が精神的に支配された状況」

--新左翼急進派の組織が起こした仲間に対する凄惨なリンチ殺人と、宗教団体が起こした無差別テロに共通するものは何でしょうか。

岩波 両者に共通するのは、組織により「個人が精神的に支配された状況」において犯行が行われたことです。米国の社会学者、パトリシア・スタインホフは、反対意見を言いづらい日本の組織独特の状況を論考しています(『連合赤軍とオウム真理教』彩流社)。彼らは人を殺すことに疑問を持ちつつも、組織のために実行したのです。

--精神的に自由を奪われた状況では、組織のためであれば人も殺す。殺人まで至らなくても、組織が構成員に不正を働かせることは日常で頻繁に起きています。会社や役所などの組織に染まってしまうと、精神の自由すら求めなくなるのかと恐ろしくなります。

岩波 サイコパスによる殺人からサリン事件の実行犯まで、本書に登場する加害者の犯行はどれも凶悪で、存在そのものが「悪」といえます。しかし、彼らはあなたの「隣人」なのです。隣人が突然殺人者となる。実をいえば、人は誰でも殺人者になりうる「資格」を有しています。ただ、少し冷静になれば、人を殺しても何の得もないことが分かりますよね。それでも人は衝動的、暴発的に非合理に突き進む。私が精神鑑定を通して、殺人という「悪」を実行した彼らの精神疾患や生い立ちを分析することは、人間の存在とは何であるのかという、本質を訪ねることにつながっていくことなのかもしれません。