■毛利元就勢の猛攻に一年近くも持ち堪えた

 島根県安来市。現在、どじょう掬いなどで知られるこの町に、かつて難攻不落と謳われた山城があった。JR安来駅から車かバスで20分ほど行くと、標高約190mの月山の登山口に着く。月山富田城は、この山の地形を利用した山城で、大小様々な谷は侵入してきた敵兵を城内各地の丘陵から迎撃できる万全の防衛体制だった。今でも、石垣や曲輪が残り、その面影を随所に見ることができる。

 この城を統治したのが、尼子氏である。尼子経久の代で出雲国内を統一し中国地方に勢力を拡大。経久の後を受けた尼子晴久の代で最盛期を迎え、毛利氏との石見銀山の争奪戦を制し、中国地方八箇国の守護にも任命された。しかし、晴久の急死により衰えが見え始める。

 永禄8年(1565)、毛利元就の軍勢が月山富田城に侵攻。勇将・山中鹿介の活躍などで、尼子氏は1年以上にわたって粘り強く戦ったが、開城。尼子氏は滅亡の憂き目を見た。

 

 

 月山富田月山の麓歴史資料館では、山陰では珍しい「御城印」(1枚300円)を販売中。広瀬和紙を使用し、背景には歴代城主の家紋や山中鹿介のシルエットがあり人気の一品だ。市内では9月に「全国山城サミット」も開催。この機会に、ぜひ訪ねてみたい。 

 

 月山富田城遠景/当時の建物は現存しないが「関ヶ原の戦い」で東軍勝利に貢献した吉川氏や その後に入城した堀尾氏が近世城郭に改修した。築かれた石垣が残され、苔むした姿が、往時の栄華を偲ばせる。標高もさほどではなく、登りやすい山城だ。

 

 三の丸から臨む山麓/三の丸~本丸は、月山の尾根伝いに存在する。大内軍や毛利軍が陣を築いた京羅木山、島根半島、中海などを望める絶景も見どころのひとつだ。

 

 尼子経久銅像/かつての月山富田城主、尼子経久像。知謀に優れ、毛利元就、宇喜多直家とともに中国地方を代表する名将だ。

 御城印/御朱印の城版。島根県の伝統工芸品である広瀬和紙を使用、尼子氏ゆかりの洞光寺による揮毫、歴代城主である尼子氏・吉川氏・堀尾氏の家紋入りで、富田八幡宮の御祈祷済み……という歴史ファンのツボを抑えた仕様に。1枚300円。月山の麓にある安来市立歴史資料館などで販売中。