すごく気分がよくなる仕草だなあ、とあらためて思うんだけど、ぼくが両手をひろげて手をのばすと、犬の耳がぺたーんって寝るんだ。
それから、うれしい顔をして、こちらに近づいてくる。わしわし撫でて、いい子だなあ、なんてつぶやいた。

でも、なんだか口をもぐもぐしているから、
指で口をこじあげたらカナブンが出てきた。
やめて。

 

もちろん病気もしたよ。
お腹をくだして吐いちゃって、動物病院に駆けこんだら「急性膵炎」だって。
下手をすると命まで失いかねないと言われた。
その言葉自体はもちろん理解できるんだけど、
うちの犬がいなくなることを想像するのは、かなりむずかしかった。
いくつかの治療を経て、投薬を重ね、彼女はようやく元気になって、ぼくのもとに帰ってきた。

 

ぼくらは仲よしで、
いまも一緒に暮らし、甘えられたり、吠えられたりしている。
犬という動物は、飼い主の状態に影響を受けやすくて、それに自分を同調させていくようなところがある。
犬は飼い主の感情やいまの状態を知ろうと観察しているんだ。

つまり、あなたを見ている。

イライラしたり、不安になったり、
飼い主の反応や行動は、そのまま愛犬にも影響してくる可能性が高い。
ぼくらはいつだって試されている。
犬と暮らすということは、自分の感受性の鏡を見つめることだ。

感受性の鏡を覗きこんだときに、あなたがなにを思うか。
鏡のうしろにある生命を大切にしたいという、抗いがたい欲求。
胸の奥底から湧きあがる、この子を守りたい、という気持ち。

断言してもいい。
あなたはぼくのようになる。

種のちがう家族と暮らすことが、あなたの人生において大事な意味を持つ。
そう、家族になるんだよ。

 

13年前の懐かしい写真を眺めながら、やっぱり運命だよなあ、なんて思う。
この子がそばにいるなんてさ。
子犬から老犬にはなったけれど、本質的にはなにも変わっていない。

そう、犬は変わらないんだ。
変わらない、というのは永遠を手に入れたのと同じことなんじゃないかって思うけど、少し大げさかな。
でも、その変わらなさで、ぼくが救われていることはたくさんあるんだ。
ノスタルジーや恋慕もなく、ただ毎日を更新する潔癖さ。
ちょっと見習いたいよね。

さて、どうかあなたが、ペットを飼うという行為だけではなく、一緒に遊んだり、眠ったり、いちゃいちゃしたりすることを、犬と暮らすことそのものを、楽しめますように。

まあ、でもそんなに心配はしていないよ。
あなたが犬と暮らしたい、と思ったんだもの。
きっとうまくいくはずだ。

 

なんだか困ったぞ、というときはちょっとだけぼくのことを頼りにしてね。
ぼくはいつでもあなたと、すべての犬たちの味方だから。