とんでもなかったバブル時代

 世界で最も有名な列車と問われて何を答えるだろう。日本の新幹線を挙げる人もいるかもしれない。そのライバルだったTGVなんて答えが挙がっても不思議はない。だがそれらを超えて多くの人の憧憬の対象となっている列車がある。アガサ・クリスティの傑作ミステリーや60年代の名作映画『007 ロシアより愛を込めて』の舞台となったヨーロッパ各国を通過する豪華寝台列車、オリエント急行である。

 そのオリエント急行、実はパリから香港までを走ったことがある。オリエント急行が香港?何の冗談かと思うが、これは正真正銘の事実。そしてそれを実現したのがバブル期の日本のテレビ局フジテレビであった。

 

 平成と聞いて多くの人がノータイムでリンクさせるバブルだが、その始まりは1986(昭和六十一)年。つまり昭和末期だった。終わりは1991(平成三)年。平成においてのバブル期はわずか1割でしか無い。にもかかわらずバブルが平成を代表するピリオドとされているのは、閉塞感漂う現在と比べて間逆な雰囲気を醸し出すバブルという言葉が、未経験の若者には経験できなかった黄金期として、リアルタイマーの中高齢者には美化された全盛期として、魅力あるものに映るからなのだろう。

 もっとも市井の人々にとってはバブル期は土地の異常な高騰や物価の値上がりもあって、そうそうおいしい時代ではなかった。メディアで当時の時の人らによって語られるバブルは、庶民レベルが体感したバブルとは別のもの。その温度差は、ちょうどアベノミクスにおける企業と個人、投資をしていた人と無関心だった人の温度差に近い。

 

 だが企業は間違いなく潤っていた。特に広告宣伝費や接待費は。そんな時代を背景に、昭和末の1988(昭和六十三)年、フジテレビ開局30周年記念事業として、あのオリエント急行を日本で走らせてしまったのである。パリから香港は陸路で線路を実際に走行、香港から日本へは船で輸送、そして日本上陸を果たしたオリエント急行はJRの線路上を実際に乗客を乗せて走ったのだった。いまなら乗り鉄、撮り鉄、その他大勢の鉄(鉄道マニア)が襲来し大変なことになったに違いない。もちろん当時も大いに話題にはなった。フジテレビは元ゴダイゴのシンガーソングライター、タケカワユキヒデが作曲、当時アイドルから本格派への過渡期であった松田聖子の作詞によるテーマ曲『旅立ちはフリージア』を制作、朝昼夜問わずCMを流した。この空前絶後の企画は大成功、しかしながら、当時はここまでではないにしろ様々な巨大企画が次から次に挙げられていたために、これだけの超特大イベントであったにもかかわらず記憶に残っていない人は多い。

 新興のバラエティのフジテレビがこんな企画を成功させてしまったら、老舗も黙ってはいられない。当時民放の雄として報道のTBS、ドラマのTBSと称されていた東京放送(TBS)は世界規模をさらに上回るとんでもない企画を実現する。それが、日本人宇宙飛行士の派遣。こちらは前身からの創立40周年記念事業として、社員を宇宙に特派員として送るという、これまたとんでもないスケールの事業。1989(平成元)年に冷戦が終結し日本との関係良化が始まったソ連の宇宙局に依頼。社内オーディションを経て選出された秋山豊寛記者がソ連で訓練を受け、1990(平成二)年にソ連の宇宙船ソユーズで宇宙へ旅立ち、日本人初の宇宙飛行士となった。

 オリエント急行に宇宙飛行士、大陸間横断に宇宙、これを民間の一企業が中心になし得た時代。そんな時代が次に日本に到来することはあるのだろうか。兎にも角にもとんでもない時代だった。