いま話題の大ベストセラー、漫画『君たちはどう生きるか』(原作:吉野源三郎)。夏休みにも入り、子供たちに読ませようとする親が続出しているという。本当にそれでいいのか、と異議を唱えるのが中田考氏。近著『みんなちがって、みんなダメ』を上梓し、「自己実現」「自己責任」といった現代人の生きづらさの根源が、『君たちはどう生きるのか』のメッセージにあると指摘。むしろ「『君たちはどう生きるのか』を読むとバカになり、そして不幸になる」と警鐘を鳴らした。作家でもあり翻訳家でもある田中真知氏が中田考氏にその真意を問う。

大多数の人にコペルニクスは参考にならない

 

中田 先日、『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎原作 羽賀翔一漫画)というマンガを読んだのですが、これはダメですねえ。もう、呪縛の書というか、呪いの書ですね。

ーー話題になっている本ですね。どこがどうダメなんですか?

中田 全部、ダメです。ええとですね。たとえば、ここ、「自分の考えていること」っていう話で、最初のほうに「自分の生き方を決定できるのは、自分だけだ」とあります。ここからもうダメです。自分の生き方なんて自分で決定できないんでね。それを決定するのは偶然や運ですよ。人は生まれも育ちも、それぞれちがうし、自分の人生を自分で決定できるということ自体がまちがっている。

 この著者である吉野源三郎(評論家、反戦運動家、雑誌『世界』初代編集長。1899〜1981年)は穏健なマルクス主義者で、いろんな思想を混ぜていて、センスも中途半端で折衷的なんです。「よい人間になるには」という話が出てくるんですけど、弱い者をいじめちゃいけないとか単純な説教話なんです。その中で、ニコラウス・コペルニクス(地動説を唱えた天文学者。1473〜1543年)の話が出てくるんですが、こういう例外的な人をモデルにしているのがもうダメです。コペルニクスは、たまたま成功しましたけれども、たいていは世の中でいわれていることと違ったことを言っている人間はまちがっている。ほとんどの場合、周りに従っていれば正しいんです。

ーーつまり、大多数のバカにとって、コペルニクスは参考にならないというわけですか。

中田 そうなんですよ。だいたい自分がコペルニクスやナポレオン・ボナパルト(フランスの軍人、政治家。1769〜1821年)だと思っている時点で、まちがえているんです。たしかにマルクスの時代にはそれなりに意味があったと思うんです。そういうことを言う人自体が少数派だったから成り立っていた。けれども今は、自己啓発的なものが多数派になってしまっている。しかもそれが売れてしまう。それが異常なんです。本来であれば少数派の言説であるからこそ意味をもつ。

『君たちはどう生きるか』は聞くところでは、小山宙哉の漫画『宇宙兄弟』とかアドラー心理学の解説書としてベストセラーになった『嫌われる勇気』とかを生み出したとても優秀なスタッフが舞台裏で作った本らしいです。みなが潜在的にもっている肥大化した自我を刺激するような話になっている。あなただって宇宙兄弟になれる、という話です。でも、実際はなれません。最初から『ONE PIECE』くらい荒唐無稽ならいいんですが、宇宙兄弟にはなれそうに思えても実際にはなれませんからね。そういうことを煽るのが罪深いんです。それより、誰でも確実にできるのはたい焼きを配ることなんですよ。

ーーたい焼きを配れば、肥大化した自我がしぼんでいって、承認欲求も満足させられるということですか。

中田 そうです。たい焼きパーティーをやって、誰でも来てよくって、それをインスタグラムで撮って、みんなで拡散する。そのほうがずっといい。

 人間はさまざまな観念を抱えて生きていきます。観念には人を救う面もありますが、同時に、観念が偶像になって人を縛るという面もある。『君たちはどう生きるか』のような話が受けるのは、肥大した自我の受け皿になってくれるような観念を提供してくれるからです。けれどもその観念がまちがっていて、人を縛っているという面がある。その処方箋はやはり具体的なものであるべきなんです。それがたい焼きなんですよね。

ーーたい焼きは、食べればなくなりますよね。

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