■クレジットカードの役割もしてくれた

 高くつくのはわかっていながら、余裕のある男があえて引手茶屋を通して遊んだのは、立て替え払いをしてくれたからである。

 つまり、遊女の揚代はもちろんのこと、芸者・幇間や台屋の支払いなど、引手茶屋はすべて立て替え払いしてくれた。このため、客の男は手持ちがないときでも遊べたし、いちいち現金を支払う面倒さもない。

 要するに、客にとって引手茶屋はクレジットカードだったのである。

 だが、現代のクレジットカード同様、つい使いすぎてしまう恐れもあった。

 古典落語に、吉原で多額の借金を作って勘当される商家の若旦那が登場するが、たいていは引手茶屋への借金だった。

 逆からいうと、リスクの大きい商売だけに、引手茶屋は客を見定める。親が大きな商家だとわかっているので、若旦那の遊びを引き受けたのである。貸し金がふくらんでも、あとで親に請求すればいいからだ。

 こんな引手茶屋を通した遊びのなかで、もっとも贅沢な遊び方はつぎのようなものだった。

 客はまず引手茶屋にあがり、妓楼から遊女を呼びよせる。遊女は当然、上級の花魁なので、配下の新造や禿を従えてやってくる。

 さらに、芸者や幇間も呼びよせ、引手茶屋で酒宴をおこなう。

 いい気分になったところで、一同で妓楼に向かい、さらに盛大な酒宴をもうける、というもの。

 遊女からすれば、現在の水商売の「同伴出勤」にあたり、妓楼でもいい顔ができた。

 客からすれば、大勢を従えて妓楼に出向くわけであり、まさに大尽遊びだった。そんな光景が図2である。

写真を拡大 図2『青楼絵抄年中行事』(十返舎一九著、享和4年)/国立国会図書館蔵

 図2は吉原関係の本にしばしば掲載されている有名な絵で、なかには「花魁道中」と説明したものがあるが、まったくの間違いである。

 大勢を引き連れて引手茶屋から妓楼に向かう図2のような光景を見て、

「どこのお大尽だろうか」

 と、人々はうらやましがった。

 男からすれば、最大の見栄だった。