■標準語には直せない、方言の奥深さ

 

 日本各地にはさまざまな方言があり、同じ県内でも使用する言葉が少し異なる場合もあるほどだ。ほかの地域の人には難解な場合もあるため、ニュースなどでは標準語といわれるものを使用している。たいていの方言は標準語にも同じ言葉があるのだが、なかには適した言葉が見当たらないときもあるのだ。

 筆者の地元、栃木には、「いじやける」という方言がある。栃木弁を解説するサイトなどでは「イライラする」、「頭にくる」などといわれたりするが、地元民としてはどうも腑に落ちない。こうした意味合いも含んではいるものの、標準語のこれらとはちょっと違う気がしてならないのだ。

 いじやけるとは、イライラ感の中にも、自分の思うように事が進まない、やり場のない感情も含まれていると感じている。我々が他県民にこのニュアンスを伝えるときによく用いる例が、針に糸を通すときだ。

 小さい針孔に糸を通そうとするもなかなかうまくいかず、挙句の果てには糸の先が割れてしまい失敗してしまう。こんな感情を示すときには、いじやけるが最適なのだ。学生時代の友人などは、このニュアンスが伝わらないことがまさに「いじやける」といっていた。

「苛立ち」などの言葉で代替することも可能ではあるが、それとは違う感情も含まれているのが「いじやける」という方言。東京ではまったく通じなかったのだが、茨城や千葉北東部、埼玉北部などでは使われることがあるようだ。