「かさね(累)」または「累ヶ淵(かさねがふち)」と呼ばれる怪談がある。
 下総国の羽生村で実際に起こった悪霊憑き事件に基づく話で、事件発生直後からさまざまなバリエーションが流布してきた。今も落語や講談で語られている。
 「かさね」が語り継がれているのは、他の怪談にはない特徴があるからだろう。
 そのひとつは実話であることだが、もうひとつについては「こんな晩」という怪談をお読みいただいてから述べることにしたい。

|#01『こんな晩』


とある村の貧しい夫婦が子どもを授かった。
しかし、彼らは日々の食事にも事欠くありさまで、子どもを養育する余裕はないため、泣く泣く口減らしをすることにした。

その夜、父親は赤子を川に沈めた。
そして次の子も、その次の子も川に沈めた。

7人目の子が生まれるころになると、ようやく夫婦にもゆとりができ、子どもを育てることができるようになった。

そこで夫婦はその子どもを大切に育てることにした。
子どもは重い病にかかることもなく、順調に育っていった。

そんなある晩、父親は明るい月を見せてやろうと、赤子を抱いて川べりまで歩いていった。
すると、赤子は父を見上げ、大人びた口調でこう言った。

「おとう、お前がおいらを最後に殺したのも、こんな月の晩だったなあ」


 この話には、金目当てに殺した旅人が子どもに生まれ変わるというパターンもあり、そちらのほうが一般的であるらしいのだが、恐いのはこちらの話だろう。
 殺されても殺されても同じ親のもとに生まれてくる子どもの執念と愛着が、切なく哀れで怖ろしい。
 
 ちなみに、小泉八雲は子殺しのほうの話(『知られぬ日本の面影』)、夏目漱石は旅人殺しのほうの話(『夢十夜』)をもとにした作品を残している。
 機会があれば読み比べてほしい。

 さて、そこで「かさね」であるが、この話は子どもの告発では終わらない。もうひとつの怨みが重なっているからだ。
 祟りも「かさね」られているのだ。