■再興されたクリークスマリーネの嚆矢(ドイツ海軍編)

航行中のZ4リヒャルト・バイツェン。側面シルエットがイギリスの駆逐艦に酷似するが、駆逐艦は雷撃時など敵艦に肉薄する機会が少なくないため、誤認を誘う目的での意図的なデザインとされている。

 第一次大戦に敗れたドイツは、勝者の連合国側が策定したヴェルサイユ条約によって厳しく管理された。同条約では、敗戦ドイツのワイマール共和国海軍ライヒスマリーネ(Reichsmarine)の軍備として、旧式戦艦6隻、旧式軽巡洋艦6隻、旧式駆逐艦12隻、旧式水雷艇12隻の保有しか認められていなかった。

 しかし1935年3月16日のアドルフ・ヒトラー総統によるドイツ再軍備化宣言の前夜、すでにライヒスマリーネは、ヴェルサイユ条約による制限を無視した艦隊駆逐艦の建造に着手していた。それがZ1級(同型艦4隻)である。なお「Z」とはドイツ語のZerstörer(駆逐艦の意)の頭文字で、以降、再興された新生ドイツ海軍クリークスマリーネ(Kriegsmarine)で建造された艦隊駆逐艦には、この「Z」で始まる艦番号が付与された。

 だがZ1級は機関に欠陥があったため改修型のZ5級(12隻)が造られ、さらにZ17(6隻)、Z23(8隻)、Z31(7隻)、Z35(3隻)の各級が、主戦までに建造された。このうち、Z1~Z17級までは艦番号だけでなく、第一次大戦で戦功のあったドイツ帝国海軍(Kaiserliche Marine:カイザリッヒマリーネ)将兵の名が艦名に冠せらていたが、Z23級からは艦番号だけになった。

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