今のご時世、もっともらしい正論や、無難な言葉など何の足しにもならない。こんな時こそ、毒があっても自分の前に立ちふさがる黒雲を一掃させてくれる存在を見逃す手はない。『乱世を生き抜いた知恵』から田中角栄の“劇薬”的言葉を紹介しよう。

■「敵を減らすことに意味がある」

 

 44歳で就任した大蔵大臣時代から将来の総理大臣の椅子に狙いを定めていた角栄は、周囲からは必死に味方を増やそうとしているよう見えた。しかし、角栄は言う。

「いや違う。敵を減らすことに意味があるんだ」

 そこに角栄独特の、人生学の極意がある。 

 このことは、彼が言う「世のなか、敵と味方ばかりではない。その間にある中間地帯、グレーゾーンがいちばん広い。真理は常に中間にあり」は、政治の力学上では、そのとおりだが、日本人がよく口にする「分からない」にも通じている。

 つまり、AともBとも分けられないという中間の世界があるという、仏教の教義がそれである。

「中間の世界」とどう取り組むかは、角栄には現実の問題だった。佐藤栄作の後の天下取りは角福戦争といわれたが、佐藤派の実力者は福田赳夫と角栄。数からいえば親分の佐藤をはじめ、福田支持のほうが多かったが、中間派を嗅ぎつけた角栄は猛然と切り崩しにかかり、結局、総理の座を射止めてしまった。

 このとき、福田は「天の声には変な声もたまにはある」と言って悔しがった。

 だがいやしくも国会議員たるもの、角栄からカネをもらったくらいでは動かない。角栄の政治理念に共鳴し、その魅力に金縛りになったのだ。

 しかも彼らは、官僚による国家統治に飽きていた世間の空気を、敏感に読み取っていたからでもある。

 角栄自身はといえば「無理して引き入れた味方は、世のなかの風向きが変われば、すぐに逃げ出していく。だから無理はしない」と言っていた。

 政界という海千山千の人間集団を最もよく知っていた政治家は、角栄である。しかも彼には、先頭になって国会運営の修羅場をくぐり抜けてきた実績という強みもあった。

「この世に絶対的な価値などはない。ものはすべて比較だ。外国人は物事を白か黒かと割り切ろうとするが、娑婆はそれほど単純じゃない。黒と白との間に灰色がある。どっちともいえない。真理は中間にある」と角栄は言う。

<『乱世を生き抜いた知恵  岸信介、甘粕正彦、田中角栄』より構成>