アイドルグループ「モーニング娘。」の元メンバー吉澤ひとみが話題になったかと思えば、なんと酒気帯び運転でひき逃げし逮捕というニュース。まったく!ダメだなあ!と呆れていたのも束も間、SNS上では個人投資家であり作家の山本一郎氏が中田考氏の新刊「『みんなちがって、みんなダメ』をヤバいぐらい面白い」とブログで語った。そう、「人間はみんなちがって、みんなダメ」に思わず共感することばかり。今回その真意を中田氏の著書から抜粋し紹介する。

みんなちがって、みんなダメ

 

 ミミズなのにヘビだと勘違いしているから不幸になる。でも、世間では逆のことを言います。「あなたは本当はタカなのにヒヨコだと思っている」などと言って自我を肥大させることで、かえって人は不幸になるんです。

 ただし、これが逆だとお金は儲からないんです。「あなたはヘビではなくてミミズだ」「タカではなくてヒヨコだ」と言っても、みな喜びません。あなたはすごいんだ、バカじゃないんだと言われるから喜んでお金を出すんです。それが自己啓発などのやり方です。

「あなたは世界に一つだけの花だ」とか「みんなちがって、みんないい」とか言われれば悪い気はしません。でも、それは大きな勘違いです。本当は「みんなちがって、みんなダメ」なんです。だって、みんなバカなんですから。

 でも、みんな自分がバカだと認めたくない。ダメだと思いたくない。それが問題なんです。ほとんどの人間はバカなんです。「本当は自分はバカじゃない、世界に一つだけの花なんだ」という思い込みこそがバカを不幸に追い込むんです。だれもが「世界に一つだけの花」というより「世界に一人だけのバカ」なんです。それを認めることがだいじなんです。

 べつにバカでもいいんです。「バカは死ななきゃ治らない」といいますが、イスラーム的にはバカを治す必要はありません。たいていは治りませんから、むしろ「バカは死んでも治らない」が正しい。でも、バカだからといって天国に行けないことはありません。逆に、あんまりバカだと責任無能力者になるので、無条件に天国へ行けます。

 イスラームでは、基本的に知識とか賢さも含めて、すべては預かりもの(アマーナト)なんです。ただし、それを正しく使わないと、むしろ地獄に行くことになる。どんな力もすべてもっていればもっているほど責任が重くなる。責任と能力はそのまま比例する。能力が大きいほど責任が重くなるというのが基本的な考え方です。だから何もないのがいちばんいい。貧しいほうが責任が少ない。預かりものが少なければ、責任もあまりない。そのほうが気楽に生きられるんです。

 ただし、この場合の責任というのは、社会的な責任ではなくて神の前での責任です。イスラームでは最後の審判で、与えられた能力を何に使ったかを問われることになっています。あなたは、与えられたこういう能力を何に使いましたかと聞かれます。正しく使っていれば一応天国に行けるし、間違って使っていれば地獄に落ちる。

 イスラームでは、人間が責任を負わなくてはならないのは神だけです。神に対して以外は一切責任はありません。神から命じられた場合にのみ責任が生じるわけです。たとえば、親が子どもを育てる責任があるというのは、神がそう命じているからです。それも最終的には全部、神に対する責任になります。

 ちなみに子育てに関していえば、イスラームでは女性には子どもを育てる責任はないんです。責任があるのは男親です。もちろん女親がやってもかまわないのですが義務ではない。女親がやらなければ男親は乳母を雇うという形で責任を果たす。乳母を雇うお金がなければ、夫婦でなんとか協力してやるしかない。最終的に責任は男にあることになります。