■とある客の豪遊伝説

写真を拡大 図2『吉原恋の道引』(延宝6年)

 図2は揚屋の台所の光景である。料理人は鯛を調理しているが、客に出す料理であろう。客と遊女が酒宴をするため、揚屋の台所は忙しい。贅沢な食材がふんだんに用いられた。

 いっぽう、この時代の妓楼を描いた絵はないが、遊女が生活しているだけだから当然、食事は質素で、台所も狭かったろう。

 さて、紀文(紀伊国屋文左衛門)と奈良茂(奈良屋茂左衛門)の豪遊は伝説化している。

 風俗を考証した『近世奇跡考』(山東京伝著、文化元年)に次のようなエピソードがある。

 紀文は揚屋「泉屋」で、枡に小粒金(一分金)を入れて、豆まきをした。

 また、『吉原雑話』(刊行年不明)には、次のようなエピソードがある。

 奈良茂が友人と連れ立って吉原に行くことになったが、手土産として供に持たせたのは蕎麦二箱だけである。友人があまりに少ないと思い、途中の蕎麦屋であつらえようとしたが、どこも品切れだった。

 じつは、奈良茂は前もって吉原はもとより、近隣の蕎麦屋ですべて蕎麦を買占めていたのだ。

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