爆撃機の護衛、対地攻撃、偵察など、 マルチタスクをこなした異形の戦闘機に肉迫! 
連載第3回。

■双発戦闘機の傑作「双尾の悪魔」(ロッキードP-38ライトニング:アメリカ)

P-38の偵察型F-5。上面からでは両者の識別は難しい。日本軍パイロットが「目刺し」と呼んだ独特のシルエットがお分かりいただけよう。なお、白黒の帯は大陸反攻作戦オーヴァーロード(ノルマンディー上陸)に際して採用されたインベージョン・ストライプと称される味方識別塗装。

 第二次世界大戦では、各国が各種の双発戦闘機を実戦に投入したが、結局のところそのほとんどが性能面で単発戦闘機に太刀打ちできなかった。そのような中で、当初から双発戦闘機として設計され、単発戦闘機に勝るとも劣らぬ性能を発揮した、唯一といってもよい機種が本機だ。それどころか、同大戦におけるアメリカ軍のトップ・エースで40機撃墜のリチャード・アイラ“ディック”ボングと、同第2位で38機撃墜のトーマス・ブキャナン・マクガイア・ジュニア少佐の二人の愛機が本機であったことからも、いかに優れていたかが推察できよう。

 本機は、1930年代半ばに強力な高高度迎撃戦闘機を求めたアメリカ陸軍航空隊(1941年6月20日に創設された陸軍航空軍に1942年3月9日吸収統合)の求めに応じて開発された。ロッキード社は、従来の双発機のデザインでは単発戦闘機にかなわないと判断。そこで、船舶のトリマラン(3胴式)のようにエンジンを搭載した左右の双胴の中央に、コックピットを備えた小さな中央胴体を配する独特のデザインの高速3胴機として設計をまとめた。

 エンジンは液冷のアリソンV-1710が2基搭載されているが、機体設計によってトルクを打ち消すのではなく、2基のうちの1基を逆回転モデルとすることで左右のエンジンのトルクの相殺を図った。将来的に戦時量産という火急の状況に至る可能性が高いなかで、わざわざ逆回転のエンジンを別個に量産できるアメリカの大工業力には驚かされる。さらに驚かされるのは、日本では敗戦まで実用化できなかったターボチャージャーを、高高度性能向上のため最初から装備していたことで、この二つの事実からもわかるように、すでに戦前の時点でのアメリカの工業力は単に巨大というだけでなく、世界最先端でもあった。

 太平洋戦争が勃発し、百戦錬磨のパイロットが操る日本の零戦や隼と対戦した本機は、その高速性やターボチャージャーの威力を発揮する間もなく苦戦を強いられた。それは、低高度域における水平面のドッグファイトが得意な日本機の特徴をまだ知らなかったアメリカ人パイロットたちが、日本機のペースに巻き込まれた結果だった。
 加えて、本機の初期型にはいくつかの不具合もあった。そのため、日本軍パイロットたちは本機の独特の平面シルエットにちなんで「目刺し」、あるいは名称にちなんで「ぺろハチ(P38のPを「ぺ」3を「ろ」8を「ハチ」と読んだ蔑称)」と称して軽んじた。

 ところが、ターボチャージャーのおかげで日本機を圧倒する中~高高度域における高速性に加えて、急降下時の加速性に優れていたのでこれを利用したヒット・アンド・アウェー式の空戦で本機が戦うようになると、逆に日本機をバタバタと落とすようになり、多数のエースを輩出した。一方、ドイツ軍は当初から本機の優秀さを見抜いており、“ガーベルシュワンツトイフェル(Gabelschwanzteufel。ドイツ語で「双尾の悪魔」の意)”と呼んで恐れた。

 双発なので搭載能力も高く、大型のドロップ・タンク、爆弾やロケット弾なども多数搭載できたため、オリジナルのままで対地攻撃にも活躍。他にも航空写真撮影用カメラを搭載した長距離偵察型、レーダーを搭載した夜間戦闘型、爆撃照準器と爆撃手を載せた爆撃先導型などの派生型が造られた。総生産機数は約10000機。

 なお本機には、既述のごとく第二次大戦におけるアメリカ第1位と2位のエースの乗機だったというだけでなく、山本五十六連合艦隊司令長官が乗った1式陸攻を撃墜したり(2016年07月08日配信:アメリカ軍襲撃隊18名のうち4名で山本五十六搭乗機を狙う計画だった!:参照)、代表作『星の王子様』で知られる世界的作家サン・テグジュペリが、本機の写真偵察型F-5で任務遂行中に撃墜されて戦死したりと逸話が多い。