連載「コンプレックスをバネにする」第2回に登場するのは、ベストセラーを連発する幻冬舎のヒット編集者箕輪厚介さん。編集者として、他者の内面を徹底的に分析するという箕輪さんだが、では自分自身、どのようなコンプレックスがあると分析するのだろうか。

■「猛烈コンプレックスタイプ」とは真逆を行く思考

 

 コンプレックス…編集者として付き合っている、第一線で活躍している人たちをみていると、2タイプいるなと思います。ひとつが、前田裕二やメタップス佐藤(航陽)のように、両親がいなかったり、所得が低い家庭に生まれて、「なんとかこのおかしい現状を変えてやろう」というタイプ。もうひとつが、落合陽一のように都会で生まれ何不自由なく育ってきた、万能感にあふれたタイプ。

 その落合陽一の隣の小学校に通っていたぼく自身、本当にコンプレックスがない。特別強いわけじゃないけど、弱みがあるわけでもない。のっけからこの連載の趣旨を否定するようですが、コンプレックスをバネにしたことは一度もないんですよね。

 ぼくは「そんなに高くないレベル」の中で満足してしまうタイプでした。中学受験から振り返っても、開成をはじめとしたいわゆる“御三家”がある中で、進学したのは偏差値60そこそこの芝中学。そこで所属したサッカー部は強豪ではなく、その中でレギュラーになって「そこそこうまい側」で満足していましたし。大学受験も、現役で早稲田に受からなくて、一浪して早稲田の文学部に受かって、満足して。就活もそう。1回目がうまくいかなくて、2回目で双葉社という中堅の出版社に入って、ここでも満足して。社会人になってからも、同期と比べてどうだとか、他の編集者に比べて自分はどうだとか、人と比べて~という考え方をしたことは本当にないですね。

 もともと成功願望も達成願望もないんです。これまでの人生「いまこの瞬間が楽しければいい」の積み重ねでしたから。編集者としても、「成功したい」「ヒットさせたい」が第一目標じゃない。自分が楽しいと思うことをやって、たまたま世間と合ってヒットして、たまたま話題になったというだけ。

 時々、自分に対する悪口が聞こえてくることもあります。でも、ぼくってどんなにネガティブなことでも、肯定的にとらえるのが天才的にうまくて。「同業者が箕輪さんのこと、こんな風に言ってたよ」というのが、たまに耳に入ってきても、“むかつく”というより“うれしい”感情に変えます。俺ってそんなに目に入らざるを得ない存在なんだ。俺がなにも考えていない間に必死に俺のことを考えているなんてご苦労なこった――みたいな(笑)。

 これまでの生き方を振り返るに、マイナスの感情をバネに猛烈に巻き返すというタイプではないんです。

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