■貧困への道となった対米協調

 さて。

 戦後のわが国は、対米協調路線を基本方針としてきました。「協調」と言えば聞こえがいいものの、この方針は「アメリカの子分となるかわりに、国際社会における立場を後押ししてもらう」という従属の性格を強く持っています。

 ただし、いちがいに批判はできません。1950年代、敗戦の痛手から立ち直りはじめたばかりのわが国にとって、対米協調、ないし従属路線は、安全保障(つまり国防)の負担を最小限に押さえ、経済発展に全力を注ぐための手段でした。そして日本は高度成長をなしとげ、いったんは世界有数の経済大国となったのです。

 けれども平成に入ったころから、対米協調路線は裏目に出ます。アメリカが自国の都合に合わせて、さまざまな改革を要求するようになったためです。 「アメリカとの関係をとにかく良好に保つことこそ、発展と繁栄の道だ」という発想に慣れてしまった日本政府は、要求をズルズルと受け入れてきました。が、アメリカの都合に合わせたものである以上、これらの改革はわが国にとり、むしろマイナスに作用します。

 平成が「平貧の時代」となったのも、無理からぬことと評さねばなりません。問題は日本政府が、現実を直視して方針転換を図るどころか、「そんなことはない! 改革を受け入れることは、わが国にとってもプラスなんだ!」という旨を強弁しがちなこと。

 つまりは自国民を(実質的に)だましてでも、アメリカへの従属、もとへ協調を貫こうとするようになったのです!

 
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