■消費増税肯定の根底にあるもの

 「社会保障の財源確保のために消費増税が必要」という主張は、じつのところ説得力を持つものではありません。理由は以下のとおり。

(1)わが国の場合、政府の負債が増えることを恐れる必要はない。日本国債はすべて円建てで発行されているうえ、ほとんどが国内で消化されているので、財政破綻は起きようがないのである。しかも金利が低いため、債務増加によるインフレの懸念も存在しない。
(2)社会保障の財源を増税でまかなわねばならないとしても、それが消費税の強化という形を取らねばならない必然性はない。所得税や法人税の税率を引き上げる手もありうる。

 にもかかわらず、わが国では消費増税について「心情的にはイヤだが必要なこと」という受け止め方が一般的。

 なぜなのでしょう?

 ここで注目すべきは、低所得層ほど負担が重くなる消費税と違い、所得税は累進性、つまり所得が多いほど税率が上がる特徴を持つこと。

 余裕のある層ほど、負担が重くなるのです。法人税にしても、累進性こそ存在しないものの、中小企業などでは所得金額の一部に軽減税率が適用される。

 すなわち所得税や法人税ではなく、消費税の強化によって社会保障の財源を確保しようとする姿勢の根底には「高所得層や企業の負担が増えるくらいなら、社会的格差が拡大したほうがマシ」という発想がひそんでいるのです!

 いわゆる「勝ち組」に属する人々にとり、この発想は共感を呼ぶものでしょう。ただし格差拡大に歯止めがかからなければ、社会全体が不安定になる。遅かれ早かれ、影響は勝ち組にも及びます。

 ゆえに上記の発想、決して賢明なものとは言いがたい。ところが今や、勝ち組に属していない人々すら、これを受け入れてしまった気配が濃厚。

 ふたたび、なぜなのでしょう?

 ──答えを知るためには、消費税が導入されるずっと前、1975年までさかのぼらなければなりません。

同年はじめ、戦後日本のあり方にたいする「エリートの反逆」とも言うべき出来事がありました。この出来事こそ、「社会保障の財源確保のために消費増税が必要」という主張が広まるきっかけとなったものなのです。

 当の反逆とはどんなものだったか。
 これについては、後編でお話しすることにしましょう。
 ではでは♪