■自殺を逃れようとしたあげくの自殺

「日本の自殺」は、平等志向が過剰気味になっていた1970年代の日本のあり方にたいする反逆を企てたものでした。社会が安定して発展するためには、自由と平等、どちらの要素も必要ですから、その場合は自由志向を強化すべきだということになります。ここまでは妥当な話。

 ところが1990年代になると、新自由主義の影響もあって、今度は「自由志向をどんどん強めてゆくのが正しい」という風潮になりました。自由と平等の間でバランスを取ることが大事なのに、逆の方向へと過剰に行ってしまったのです。

 本来ならここで「自由なら良いわけではない、平等の重要性を見直そう」という発想が出てこなければなりません。しかし15年かけて形成された自由志向の流れを、改めることはできませんでした。

 かくして平成日本は、新自由主義とグローバリズムを旗印に、構造改革路線を突き進むことになります。それは消費税が強化されてゆく過程でもあったのですが、結果はどうだったか?

 ・・・そうです。格差拡大と貧困化の進行です。「良くて低迷、悪ければ衰退」こそ、平成日本のいつわらざる実情だったと評さねばなりません。

 グループ1984年ふうに言えば、わが国は自殺を逃れようとして、別の形での自殺を選んでしまったのです。2019年に予定されている消費税の10%引き上げが、これをいっそう促進することは確実でしょう。

 ならば、消費増税を見直そうとする動きが高まってしかるべきでしょう。税率引き上げのさらなる延期はもとより、増税自体の中止、ひいては5%への引き下げも検討されてよいはず。しかるにそのような動きは、少なくとも現在のところ、いっこうに高まっていません。

 理由は明らかでしょう。「間接税の強化は、財政安定に役立つだけでなく、国民の甘えを抑え、自立心を持たせる点で道義的にも正しい」という、あの発想にとらわれているのです。