江戸時代に遊郭が設置され繁栄した吉原。その舞台裏を覗きつつ、遊女の実像や当時の大衆文化に迫る連載。

■豪遊と濫費は本当か

写真を拡大 図1『ちゃせんうり話の種瓢』(墨川亭雪麿著、文化9年)

 図1は、客が座敷で小判や二分金、一分金などの金貨を撒き散らしているところである。

 第26回『江戸の吉原にも「デリヘル」制度があったのをご存知か。』で、豪商の紀文(紀伊国屋文左衛門)が一分金で豆まきをした逸話を紹介した。それに似た、どんちゃん騒ぎと浪費といえよう。

写真を拡大 図2『北里花雪白無垢』(山東京山著、文政5年)

 いっぽう、図2は惣花の光景である。

 惣花とは、客が遊女や若い者、遣手にとどまらず、妓楼の奉公人全員に祝儀をあたえること。

 つまり、日ごろ客とは直接接触しない料理人、風呂番、下働きの下男下女にまで、全奉公人に祝儀をあたえるのである。

 図2の左下に多くの男がひしめいているが、祝儀にありつこうと二階座敷に押しかけて来た奉公人一同である。

 右下では、新造たちがせっせと祝儀の準備をしている。自分ももらえるのだから、新造たちも上機嫌である。

 もちろん、惣花は多大な出費になるが、客にとっては最大の見栄だった。妓楼では、惣花を打った客の名を書いて、帳場に張り出した。

 また、相方の遊女にとっても大きな手柄となり、
「○○さんは客に惣花を打たせた」
 として、その妓楼で一目置かれる存在となった。

 

 さて、図1や図2のような豪遊と濫費は、本当にあったことなのだろうか。

 もちろん、多少の誇張はあるにしても、豪商が吉原で豪遊と濫費をしたのは事実だった。というのも、当時、ほかに金の使い道がなかったからである。

 現在、金の使い道に困るということはない。

 贅沢な買い物をしようと思えば、いくらでもできる。豪華ヨット、プライベートジェット機、高級車、宝石や美術品、国内外の不動産などなど。

 また、あらたな分野に莫大な投資をして、ビジネスを多角化、拡大していくこともできる。

 ところが江戸時代、産業が未発達だったから、あらたな投資先はなかったし、海外進出もできない。

 贅沢といっても、タカがしれていた。さほど買う物はなかったのである。

 濡れ手に粟で稼いだ大金は、吉原で湯水のように使うしかなかった。

 かくして、図1や図2のような豪遊と濫費となった。

 紀文や奈良茂(奈良屋茂左衛門)の逸話は、けっしてまったくの虚構ではない。小型の紀文や奈良茂が、吉原でまさに金をばらまいていたのである。

 結果として、吉原はうるおい、さらにいえば、地域経済がうるおったといえよう。