なんだか元気が出ない、将来の働き方が不安…そんな半径5メートルの悩みを解決するために、哲学がある。齋藤孝氏の著書『使う哲学』から現代人が問題解決のために“使う”べき、哲学を紹介しよう。

①現代の日本人に足りない「バタイユ」のエネルギー

■エネルギーを爆発させて、消尽する生き方

 ジョルジュ・バタイユ(1897〜1962)はニーチェから大きな影響をうけ、ミシェル・フーコー(1926〜1984)やジャック・デリタ(1930〜2004)などに影響を与えた、フランスの哲学者で作家でもあります。『エロティシズム』などの著作があるように、バタイユはエロティシズムについてもたくさん論じています。

 

 境界線を越えていくところにエロティシズムがあると、バタイユは言います。社会規範やルールを侵犯する時に覚えるドキドキ、ゾクゾクするような感覚。バタイユによると、それはまさにエロティシズムです。

 経済においても独自の論を展開しています。儲けて蓄積するのではなく、散々して消尽することこそが経済活動の本質ではないかというのです。

 世界各地にさまざまな祭りがありますが、考えようによっては、祭りは全く無駄な行為といえます。神輿を担いでも何も生まれない、激しい祭りでは、亡くなる人もいます。

 しかしバタイユは、余剰エネルギーを爆発させて、騒いで、消尽する行為こそが、楽しいんじゃないかという見方をしました。

■性行為で「脱自」する

 溜め込まずに、使い果たす行為は、自分を脱する姿に通じます。男女間の性行為も自分を脱する行為といえます。

 バタイユは性行為などで感じる感覚を「脱自(だつじ)」あるいは「忘我」と呼び、エクスタシーを肯定的に論じました。性行為などで我を忘れ、いつもの自分の境界を越えていく。それでいいじゃないかと説きました。

 バタイユの思想を学ぶと、人間の根源的な欲望が沸き起こってきて、元気が出てきます。まじめに堅苦しく生きるだけでなく、自分の殻を抜け出して、はじけていいんだという思いに駆られます。

 働いて、溜め込んで、縮こまってばかりしていなくてもいいんじゃないか。一所懸命に働いたら、思いきりお金を使って、思いきり楽しんでもいいんじゃないか。何のために働いているんだ。楽しもうじゃないか……そんな気持ちにもさせられます。

■祭りのために働くもよし

 日本人はもともとまじめな人が多いと思いますが、近年は不況が続いたり、経済格差が広がったりしたこともあって、まじめな人がいっそう増えている印象を受けます。特に若い人たちは小さくまとまっているように感じます。

 まじめな人が多いのはよいことだし、小さくまとまるのが悪いわけではありませんが、まじめ一辺倒でこぢんまりしては、個人のエネルギーや社会全体の活力にかけてしまいます。

 はじける、騒ぐ、散財する、蕩尽する、壊す……。もちろん、他者に迷惑をかけないことなどは必要ですが、こうしたエネルギーの使い方があってもよいでしょう。それが個人にも社会にも活力を与えてくれることがあります。

 今の日本人、特に若い人たちは〝バタイユのエネルギー〟を学び、取り入れてみるのもよいかもしれません。

次のページ ②ミシェル・フーコー