オリンピックに大阪万博。いまの日本は「サーカス」に浮かれてはいないか。古代ローマの崩壊と現代日本の共通点、そして特異点。最新刊『もう、きみには頼まない 安倍晋三への退場勧告』を刊行した作家適菜収氏が解く。

■パンとサーカス

「パンとサーカス」は、古代ローマの詩人ユウェナリス(60~130年頃)が残した言葉である。

 彼の『風刺詩集』にはこうある。

《我々民衆は、投票権を失って票の売買ができなくなって以来、国政に対する関心を失って久しい。かつては政治と軍事の全てにおいて権威の源泉だった民衆は、今では一心不乱に、専ら二つのものだけを熱心に求めるようになっている――すなわちパンと見世物(サーカス)を》

 権力者から無償で与えられる「パン(=食糧)」と「サーカス(=娯楽)」により、ローマ市民が政治的盲目に置かれていることを揶揄したわけだ。

写真:つのだよしお/アフロ

 ここでユウェナリスが「サーカス」と呼んだのは複数頭立て馬車による戦車競走のことである。これはやがて、コロッセオ等で行われた血腥い剣闘士試合やローマ喜劇などを含むようになった。

 また、「パン」と呼ばれているのは小麦のことだ。施しを受けた人々は、小麦をパン屋に持っていき、焼いてもらうしかなかった。この配給制度は、共和政ローマの政治家ガイウス・グラックス(紀元前154~紀元前121年)の改革に起源を持ち、紀元前58年に護民官のプブリウス・クロディウス・プルケル(紀元前92~紀元前52年)により初めて実施された。当初は極端な格差を解消する目的があったが、次第に支配者層の権威を見せつけるための手段へと変質していく。

 それにしても、なぜこのような大盤振る舞いが可能だったのか?

 地中海世界を支配したローマ帝国には、属州から搾取した莫大な富が集まってきた。そしてその一部がローマ市に住む市民に分配された。また多くの奴隷を使う大土地所有者や政治家が、市民の支持を得るために食糧を配ることもあった。これが周辺の農村部からの人口流入を促し、ローマ市は過剰な人口を抱える巨大都市になっていく。

 ユウェナリスの言葉は現在の愚民政策、福祉政策を批判する文脈で引用されることが多い。すなわち、権力者から無償で与えられるパンとサーカスによりローマ市民は労働の美徳を忘れ、遊んで暮らすようになり、堕落していったが、これは現在の状況と同じではないかと。

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