《連載書き下ろし再開予告》
森博嗣『道なき未知』は、月刊誌『CIRCUS』で2012年より連載第1回がスタート。第11回まで原稿は掲載されましたが、『CIRCUS』休刊に伴い連載は休止。執筆済の第12回の原稿は未公開。今回これまでの連載原稿を順次再録し、第13回からは著者が新たに書き下ろしいたします。
 

第4回

時間の第一法則

 

時間はあればあるほど良い

 

 良い仕事をするために一番大切なことは、時間的余裕を持つことだ。〆切間際の短い期間に集中してやった方が良いと主張する人がいるけれど、それは大した仕事ではない証拠といっても良い。過去を振り返ってみればわかる。どんな偉業も、緻密な計画のもと、こつこつと日々積み重ねて、ときには大勢が力を合わせ達成されたものである。たとえば、ピラミッドを思い浮かべてほしい。〆切間際にえいやっと作ったものなど歴史に残るはずがない。

 したがって、できるかぎり早く物事をスタートさせる。徹夜などせず、コンスタントに時間を使う。こういう計画ができない仕事環境というのは間違っている。トップが悪い、と考えても良いだろう。

 ただし例外はある。というのは、仕事というものは一般に、自分から発生するわけではなく、上から命じられるものが多い。その場合、依頼された時点で既にぎりぎりということが珍しくない。これは依頼した方が悪いのだが、悪いと指摘してどうなるものでもないし、たいていは文句が言えない。こういうときは、精一杯の結果を出しておき、「この時間ではこの程度が限界ですね」と釘をさしておくしかない。

 

努力よりも結果

 

 さて、世の中には「努力をすれば報われる」という信仰がある。たぶん、幼稚園か小学校の先生がそうやって子供を褒めたか慰めたかしたのだろう。それくらい小さい子供は、かけっこでも一生懸命走れば、それで良い子なのである。しかし、大人になったら、良い子だからといってすべてが許されるわけではない。料理人は美味しいものを作ってはじめて評価される。いくら努力をしようが、血の滲む苦労をしようが、前日徹夜だろうが、妻が癌で入院していようが、もの凄い理屈があったり、もの凄い珍しい食材であっても、料理が不味かったら台無しなのだ。結果がすべて。それがプロの世界の評価というものである。

 だから、けっして時間をかけたことが偉いわけではない。ただ、時間をかけた方が良いものができる確率が高いというだけのこと。

 本当の達人とは、けっして一発勝負のようなやり方をしない。偶然良いものができることなど期待していない。回り道と思えるほど面倒であっても、誰にもできそうな簡単な方法を採用する。面倒くさい道が最も失敗が少ないと知っているからだ。神業とは、手間をかける方法のことである。達人は努力などしない。ただこつこつと時間をかけて仕事をする。その余裕こそが、常に高い品質を保つ結果を生むのである。

 

〆切よりもまえに

 

 さて、僕は今は作家が本業になってしまった。といっても、一日に一時間しか仕事をしない。僕は、一時間に六千文字を打つことができる。一冊の本は、短いものなら十日で書ける。小説の方が文章は簡単で、長編でも一冊二週間もあれば書き上がる。ただし、一時間ぶっ続けで書くわけではない。そんなことをしたらたちまち腱鞘炎になるだろう。だいたい十分ほど書いたら、庭に出て遊んだり、工作をしたり、別のことをする。十分を五、六回に分けて書くわけである。ほかのことをしている間は執筆内容についてはまったく考えない。頭も手と同じように休んでいるからだろう。

 このように、一日で書ける量が決まっているので、半年くらいさきまで予定をすべて決めていて、〆切の近い仕事は引き受けない。執筆だけではなく、本が出版されるまでには、いろいろチェックをする作業がある。執筆よりもこちらの方が二倍くらい時間が必要なのだ。これも予定に組み入れている。だいたい毎月一冊は自分の本が出るからけっこう忙しい。それでも、休日も盆も正月もなく、毎日一時間と決めてこつこつと仕事をしている。

 僕はこれまでに一度も〆切を遅れたことがない。本誌の原稿も〆切の二週間以上まえに送っている。病気や怪我をしたり、たとえ大災害があっても、二週間あればリカバできる、という余裕を見ているからだ。

 大事な約束の時間に遅れてくる人がいる。「電車が遅れまして」と言い訳をするのだ。「おや、この人は電車が絶対に遅れないものだと認識しているのか。そんな現状把握力では、なにをやっても成功しないだろうな」と僕は思うのである。

 

仕事場はキーボードの周りもおもちゃでいっぱい。